学会誌

看護理工学会誌 10巻特集号

目次

巻頭言

巻頭言

著者

看護理工学会第4期教育委員会 委員長 松井 優子1

所属

  1. 公立小松大学保健医療学部

要旨

看護理工学会は,看護学,医学,工学・理学とその周辺領域において,それぞれの専門領域を深めつつ互いに協調連携することで,新たな学術分野,ケアに貢献する新技術の創成,それらにもとづく社会への貢献を目的に,平成25(2013)年に設立された.この新技術の創成と社会実装において,産学連携研究の役割は大きい.
看護理工学会第4期教育委員会では,産学連携研究の基本的知識と産学連携研究への興味関心を高めるきっかけを提供することを目的として,第8回看護理工学会学術集会においてパネルディスカッション「研究者全員が知っておきたい企業とのつながり方」を,第9回看護理工学会学術集会において,教育講演「産学連携に関する用語に強くなろう」を開催し,産学連携の過程で必要となる用語の知識と,産学連携研究の実際を提示した.
これらの企画において,産学連携研究に興味があっても実行には多くの困難があり,産学連携研究の実践にいたることが困難であることが討議された.上記をふまえ,本学会の教育委員会に求められる活動内容を明らかにすべく,学会員を対象にした実態調査を行った.
この特集では,これまでの学術集会教育委員会企画の内容に,実態調査で明らかになった課題に応える情報を加筆した.第1章では,実態調査の結果を掲載した.第2章,第3章では,産学連携研究の際に必要となる知識を解説した.第4章から第6章では,実際の取り組みの紹介を通して産学連携研究のプロセスと留意点を紹介した.第7章では,看護理工の融合の取り組みを紹介した. 本特集が,産学連携研究の意欲をもつ方々の実践の助けとなるとともに,産学連携研究に興味がある方々が第一歩を踏み出すきっかけとなることを期待したい.

COI開示
いずれの章の著者にも開示すべき利益相反はない.

第1章 看護理工学会会員を対象とした産学連携研究の実施状況と阻害要因

松井 優子 ほか | P.S2

第1章 看護理工学会会員を対象とした産学連携研究の実施状況と阻害要因

著者

松井 優子1 太田 裕治2 紺家 千津子3 卯野木 健4 隅田 剣生5 四谷 淳子6 峰松 健夫3 松本 勝3 楠田 佳緒7

所属

  1. 公立小松大学保健医療学部
  2. お茶の水女子大学生活科学部人間・環境科学科
  3. 石川県立看護大学看護学部
  4. 札幌市立大学看護学部
  5. 株式会社産学連携研究所
  6. 福井大学学術研究院医学系部門看護学領域
  7. 東京医療保健大学医療保健学部医療情報学科

要旨

大学にとっての産学官連携の意義として,研究成果の社会への還元,科学技術の新領域や融合領域への展開がある1).本邦では,1998年の大学等技術移転促進法の制定により,大学における研究成果を積極的に企業へ移転し,新事業の創出や産業活性化に繋げていこうという流れが始まった1).これを受けて,第2期科学技術基本計画には,大学から産業への技術移転の仕組みの改革が盛り込まれ,大学には企業との共同研究や大学発ベンチャーの創出,特許のライセンシングのための取り組みなどが求められるようになった.第3期科学技術基本計画では,産学官連携は「イノベーション創出」の手段として位置づけられ,研究成果の事業化に対してより重点が置かれた1).2016年には,文部科学省と経済産業省により,産学連携による共同研究強化のためのガイドラインが作成され,大学・国立研究開発法人が産学官連携機能を強化するにあたっての方向性が示された2).
文部科学省科学技術・学術政策局の報告によると,本邦の大学等における研究資金等受入額(共同研究・受託研究・治験等・知的財産)は年々増加し,2020年度の総計は約3,689億円にも上る3).
このように,法改正や施策などにより本邦の産学官連携は急速に発展している.しかし,そのなかで,保健医療福祉系大学における産学連携研究の実施率は27.2%であり,理工学系大学の48.1%にくらべて低いとの報告があり4),保健医療福祉系大学にとってなんらかの阻害要因が存在する可能性がある.保健医療福祉系大学の教員にとっての産学連携研究の利点として,「新産業や製品開発の期待」,「研究費の不足を補う」などがあげられており,理工学系だけでなく保健医療福祉系大学にとっても産学連携研究はメリットがある4)ことから,産学連携研究の阻害要因を解決することが望まれる.
本調査は,看護理工学会員の産学連携研究に関する知識と関心,所属組織の産学連携研究の支援体制,産学連携研究の経験と阻害要因を明らかにすることを目的とした.

第2章 産学連携の種類と必要な用語

第2章 産学連携の種類と必要な用語

著者

隅田 剣生1

所属

  1. 株式会社産学連携研究所

要旨

1999年に日本版バイ・ドール法(産業活力再生特別措置法第30条),2003年に国立大学法人法,2006年に新教育基本法が制定され,政府資金による研究開発から生じた特許などの権利を受託者に帰属させることが可能なり,大学の技術や研究成果を実用化すること,つまり,産学連携活動を行うことが大学のミッションとなった.
産学連携活動が始まって約20年,日本の産学連携活動は大きく進展し,大企業との大規模共同研究,大学発ベンチャーの創出・育成を政府が積極支援することで,グローバルな連携と競争を行うこととなった.特に医学分野においては,創薬・医療機器の研究開発を医工連携によって行い,多くの臨床応用を実現するにいたっている.
看護分野においても新たな研究開発により,QOLを改善する新たな製品・サービスを提供することが求められており,産学連携活動が重要となっている.本章では,看護理工学の実用化を推進するため,産学連携活動の概要を解説する.

第3章 知的財産の権利化と実用化

第3章 知的財産の権利化と実用化

著者

峰松 健夫1

所属

  1. 石川県立看護大学看護学部

要旨

研究者にとって,研究成果は無二の財産であり,なんらかの形で科学界や社会に還元することが使命である.特に,看護や介護の現場で真に必要とされている技術や機器を開発し,臨床応用を目指す看護理工学においては,研究成果を論文として公表するだけではなく,適切に知財化することで研究成果を保護し,円滑な臨床応用に繋げることが必要であろう.本章では,前章に続き知財のなかでも特許に焦点を当て,その権利化と実用化について解説したい.

第4章 看護のアカデミアと企業の繋がり方

第4章 看護のアカデミアと企業の繋がり方

著者

四谷 淳子1

所属

  1. 福井大学学術研究院医学系部門看護学領域

要旨

看護学アカデミア発の革新的アイデアが実用化され,病める人々の命と生活に寄与するという正真正銘の“メディカル・イノベーション”の実現には,大学と企業との産学連携が欠かせない.実用化までを進めるには,ゴールである製品化,事業化までのエレメントを知り,そして互いに尊重し合い信頼関係を築き,着実に成果をあげていくことが大切である.
企業は利益をあげること,大学は学問としての新規性を明らかにすることが目的であるため,お互いの領域の違いが顕著に表れる.よって,企業や大学がお互いを尊敬し,得意な技を持ち寄り,専門外のことを一緒に考え悩み,アイデアを出し合い,課題解決に取り組む,フラットな連携体制を構築していくには,互いの領域を繋げるコーディネーターの存在が大切である. 本章では,著者らが取り組んだ実例から,円滑に研究開発をすすめるための看護アカデミアと企業の繋がり方について述べる.

第5章 共同研究講座における産学連携研究

松本 勝 ほか | P.S18

第5章 共同研究講座における産学連携研究

著者

松本 勝1 玉井 奈緒2 三浦 由佳3 真田 弘美1

所属

  1. 石川県立看護大学看護学部
  2. 横浜市立大学医学部看護学科成人看護学
  3. 藤田医科大学社会実装看護創成研究センター

要旨

共同研究とは,教育機関と企業などが,共通の研究課題について共同して研究する制度で,大学などの研究者や教員と企業などの研究者が共通研究課題について協力・分担しながらそれぞれ研究を行う.ここでは企業との共同研究の1例として,教育機関に設置する共同研究講座での共同研究について紹介する.共同研究講座は社会・現場のニーズに応じたモノづくりをタイムリーに進め,社会実装にいたるための1つのモデルとなりうる.

第6章 大学発ベンチャーの起業に向けた活動の実際

第6章 大学発ベンチャーの起業に向けた活動の実際

著者

隅田 剣生1

所属

  1. 株式会社産学連携研究所

要旨

大学発ベンチャーに限らずベンチャービジネスに対する社会の反応は賛否両論というのが実情である.しかしながら,米国のシリコンバレーにおけるスタンフォード大学を拠点としたベンチャー企業が世界を席巻しているのも事実である.これらの地域は,大学・大学発ベンチャー・ベンチャーキャピタル・大企業がダイナミックな自然の生態系のように連関していることから,新産業を産み出す「イノベーション・エコシステム」と呼ばれている.
大学発ベンチャーは,第2章でふれたとおり,事業を創るという総合的な取り組みであり,大学発ベンチャーの成長を支援するプレーヤーも多数存在する.技術移転は弁理士と相談すればよいが,起業は弁理士だけでなく,弁護士・公認会計士・税理士・司法書士・社会保険労務士などの専門家と相談しなければならない.“研究の実用化”に注力するだけでは,事業を成長させることは不可能である.そこで本章では,わが国の大学発ベンチャーの取り組みから起業に向けた活動,および支援活動の実際について解説し,起業の予備知識を得ることを目的とする.

第7章 看護理工の融合における企業連携の試み

第7章 看護理工の融合における企業連携の試み

著者

楠田 佳緒1

所属

  1. 東京医療保健大学医療保健学部医療情報学科

要旨

医療・看護支援機器の開発において,医療者(臨床や大学)と理工学者(企業や大学)のコミュニケーションギャップが課題である.たとえば,医療者と理工学者がチームを組んでものづくりを行うとき,医療者が現状の課題に直面している様子を思い出しながら説明するのに対し,理工学者が想像する臨床現場のイメージや環境が合わずに,“理工学者側がよいと思い込んだシステム”が完成することがある.さらに,達成目標に対する双方の認識がずれており,理想のゴール(エンドポイント)と技術的に実現可能な範囲が共有できないことも課題としてあげられる.
これらの課題の根本には,ニーズ収集時の「コミュニケーションの取り方」,製品開発時の「選択肢の少なさ」があると考えられる.それぞれの実例と,解決に向けた取り組みについて述べる.

後記

後記

著者

看護理工学会第期教育委員会 委員長 松井 優子1

所属

  1. 公立小松大学保健医療学部

要旨

第1章の実態調査のように,産学連携研究の遂行には,マッチングにおける課題のみならず,実施過程においてもさまざまな課題が存在する.
この特集では,産学連携研究の際に必要となる知識の解説に加え,産学連携研究の実際の取り組みの紹介を通して産学連携研究のプロセスと留意点を紹介した.さらに,看護理工学会次世代委員会の活動を通して,ニーズ収集時の「コミュニケーションの取り方」の課題と解決に向けた取り組みを紹介した.
産学連携研究に取り組もうとする研究者のための教育委員会のさらなる取り組みとして,学会誌や学術集会でそれぞれの学会員の産学連携研究の経験の共有の機会を設け,より具体的な課題解決方法の提案が効果的であると考える.学会員の皆様に積極的に参画いただき,この学会が情報共有の場となるとともに,シンクタンクとして発展していくことを目指したい.