看護理工学会誌 9巻特集号
目次
まえがき 看護ビッグデータの利活用の現状と展望
看護理工学会学術委員会 看護ビッグデータサブワーキンググループ
著者
教授 森 武俊1
所属
- 東京大学
要旨
看護理工学会学術委員会看護ビッグデータサブワーキンググループは,2018年1月27日に承認を受け活動を行ってまいりました当初の活動方針の主軸は,病院・クリニックの医療情報システムに蓄積された多種多数の電子データを,看護領域においてたとえば患者の医療安全の向上に活用するための看護ビッグデータの利活用データベースを開発することでした.なかでもまずナースコールのデータについては,呼出履歴や応答履歴などはこれまで利活用はもちろん収集・蓄積も十分に進んでおらず,「埋もれてきた」データといえます.そのため,患者というユーザサイドの状況を直接的に反映し,治療経過・療養生活に関する多様な情報が経由するこのインフラ機器のデータ応用には大きな可能性が潜むとして積極的に取り組むこととし,利活用の事例収集と整理を試みることとしました.
ナースコールの対応は一般にすべて看護師あるいは看護補助者が行っているため,その履歴データを分析することで,関連する業務が多く発生する時間帯や場所の特定,頻回のコールによる業務中断やそれに伴うインシデントやヒヤリハットの発生可能性の推定を行えます.これらから特に看護理工学会として利活用の有用性や有効性を提言していく価値があると考えました.また,ナースコールなどにより業務の中断や同時に複数の業務が重なることは,医療安全,患者満足度の低下,看護師の負担感の増大をもたらすことから,客観的なデータの収集と解析,それらのメソッド化により,改善提案に結びつけていくことができると考えました.
そこで,本サブワーキンググループでは,看護ビッグデータ,すなわちナースコールデータを中核とする看護情報システム・医療情報システムデータに基づき,患者,看護師,病棟の状況の分析,ケアや業務の改善を行うプロセスや指針を提案,具体化することを目指し,これらから本来の本質的看護実践に向けた支援や動機づけの維持へつなげていくことを志向して活動を開始しました.2020年に予定の2年を終え,なお継続の必要性を学会で認めていただき,3年の活動を経て以下の報告にまとめました.
1.看護ビッグデータ活用への期待
(公益社団法人大阪府看護協会 高橋 弘枝)
2.看護ビッグデータの収集や利用の価値
(大阪公立大学 野口 博史)
3.病院間で共有すべきデータ
(藤田医科大学 小柳 礼恵)
4.労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業
(東京大学医学部附属病院 武村 雪絵)
5.看護に活用するために蓄積可能なはずが記録収集されていないデータ
(神戸大学 石井 豊恵)
6.ナースコールデータの調査と解析の報告1
~15年間のナースコール履歴記録の解析~
(東京大学 森 武俊,大阪公立大学 野口 博史,埼玉医科大学 中島 勧)
7.ナースコールデータの調査と解析の報告2
~ナースコール履歴データからみえる,ナースコール発生の特徴とその活用法~
(神戸大学 福重 春菜,石井 豊恵)
8.看護ビッグデータ利活用例1
~業務改善に向けた看護動線データ活用例~
(株式会社ケアコム 池川 充洋)
9.看護ビッグデータ利活用例2
~滞留(業務)場所・時間と看護管理~
(株式会社ケアコム 山﨑 清一)
10.看護ビッグデータ利活用例3
~カルテなどの医療ビッグデータとナースコールの統合~
(大阪公立大学 野口 博史,東京大学 森 武俊)
看護においては,医療者や医療情報システムによりさまざまなデータが収集され,記録蓄積されます.看護にかかわるデータは医療を取り巻くさまざまなデータのなかでも特に患者という対象に近いところの情報をきわめて多く含み,状況を直接的に反映し,治療や療養の経過の把握や対処対応の鍵になるものです.看護記録やケアプラン,病棟における温度板記述などは,カルテと同様かそれ以上に重要な情報ともいえ,そのデータ化が本来強く求められます.また,単なる連絡手段であるように見えるものの,ナースコールはその呼出や応答の履歴がデータ化されればフロアの状態や患者の状況,ケアの設計などが透けて見える有用な情報となります.ほとんどどの病院にも整備されており,利用方法や使途もきわめて似ているためコンセンサスが確立すればベンチマーク化も有望なデータとなることは間違いありません.病院やクリニックには,ナースコール以外にも,バイタルモニタ情報,食事や食べ残し情報など,医療・看護に役立ちうる多様な情報が埋もれてしまっています.本報告では,看護に役立つこれらの情報をデータ化したものを総称して,看護ビッグデータと呼ぶこととします.
本報告は下記の10の論考で構成されます.1)看護ビッグデータ活用への期待,2)看護ビッグデータの収集や利用の価値,3)病院間で共有すべきデータ,4)労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業,5)看護に活用するために蓄積可能なはずが記録収集されていないデータ,6)ナースコールデータの調査と解析の報告1 ~15年間のナースコール履歴記録の解析~,7)ナースコールデータの調査と解析の報告2 ~ナースコール履歴データからみえる,ナースコール発生の特徴とその活用法~,8)看護ビッグデータ利活用例1 ~業務改善に向けた看護動線データ活用例~,9)看護ビッグデータ利活用例2 ~滞留(業務)場所・時間と看護管理~,10)看護ビッグデータ利活用例3 ~カルテなどの医療ビッグデータとナースコールの統合~です.
「1.看護ビッグデータ活用への期待」においては,看護がまもなく直面する看護プロフェッショナルの人材確保の問題と働き方の改革で必要性がきわめて高まるものとして看護ビッグデータを位置づけます.社会全体においても,医療現場においても,看護の評価,特に患者・利用者の生活の質の向上のエビデンスとして,データの収集や可視化そして実践的活用が求められていることを,人の暮らしのあるところすべてが看護提供シーンとなるという強い意識のもと期待として示します.
「2.看護ビッグデータの収集や利用の価値」においては,看護ビックデータとして考えられるデータとその活用方法について,研究事例概要も含め,医療安全の観点からの利用,看護管理的な側面での利用,患者アセスメントやケアへの利用という視点でまとめます.
「3.病院間で共有すべきデータ」においては,組織運営および看護実践評価の視点を中心に,医療の質を改善するために病院や法人をこえてシェアすることが望ましいデータとそのあり方について述べます.
「4.労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業」では,日本看護協会が中心となって実施している看護の実践や環境に関するデータ収集・蓄積の事業についてまとめます.これは環境整備と質向上を明確に目指したビッグデータ活用の取り組みです.また同時に,病院間をまたがり,組織をこえたデータを収集し活用することで制度設計や政策提言のためのエビデンスとすることを念頭においた,いわば看護ビッグデータ利活用の先行する活動です.これらについて,成果とともに,今後に向けた現況の課題をまとめます.
「5.看護に活用するために蓄積可能なはずが記録収集されていないデータ」では,看護において大量のデータ,ビッグデータの活用への期待が高まっている一方で,科学的研究においても看護臨床においても看護ケア実施における使用に限定されているという問題意識のもと埋没しているデータについて考察します.特に看護実践と看護管理の視点で,具体例とともに看護ビッグデータと看護の知の関係を考察します.
「6.ナースコールデータの調査と解析の報告1 ~15年間のナースコール履歴記録の解析~」においては,ナースコールの発呼数に着目し,大規模病院における10年をこえる計測・記録結果を示すとともに,主診療科別比較,病棟や看護師の繁忙度との関係,患者がボタンを押すナースコールとセンサで異変を検知した際に鳴るナースコールについてその解析結果を示します.これらを通じ,どこの病院においても収集・蓄積されているナースコールの看護実践や看護研究への利活用の大きな可能性を提示します.
「7.ナースコールデータの調査と解析の報告2 ~ナースコール履歴データからみえる,ナースコール発生の特徴とその活用法~」においては,ナースコールの記録を看護師が手で控える必要もなく,またタイムスタディを行わずとも,自動的にナースコールシステムによって記録されるデータを,複雑な統計手法や機械学習を使わずに,シンプルな方法で解析するだけでも十分有用な活用が行えるということを例とともにまとめます.
「8.看護ビッグデータ利活用例1 ~業務改善に向けた看護動線データ活用例~」では,看護動線データを活用した看護業務の改善の取り組みからはじめ,心電図モニタアラームに基づく医療安全,セラピスト連携,看護師位置データ活用による質向上,患者モニタシステム活用による急変予防といった5つの例を示すことで,看護業務において用いる情報と他部門の情報との統合解釈による業務や安全管理の改善可能性についてまとめます.
「9.看護ビッグデータ利活用例2 ~滞留(業務)場所・時間と看護管理~」においては,看護師と看護補助者のタイムスタディによる患者に寄り添う看護,看護補助者の業務デザイン差異の動線比較における効果検証,ナースコール対応時間と看護師の行動の関連という3つの事例につき,データと解析の結果を示し,客観的ビッグデータの収集および統合とその利活用の価値をさらに示し,臨床,実践の場に存在する情報のデータ化とその有用性を違う側面からもまとめます.
「10.看護ビッグデータの利活用例3 ~カルテなどの医療ビッグデータとナースコールの統合~」では,看護における埋もれたデータであるナースコール履歴データと,カルテデータ,DPCデータ,さらには看護臨床において重要な温度板データを突合することで初めて可能となる看護ビッグデータ利用の例を示します.さまざまに分散収集されているデータを統合的に扱えるよう蓄積記録を整理することで初めて可能となる解析とその活用についての先端的な取り組みの紹介です.
これらの論考を通じ,看護ケアの実践や研究におけるビッグデータの収集・蓄積,計測・記録の重要性を改めて吟味して取り組み,さらには積極的な活用や利用を推進することに1人でも多くの方が参画してくださることに期待しています.
COI開示 いずれの著者にも開示すべき利益相反はない.
1章 看護ビッグデータ活用への期待
1章 看護ビッグデータ活用への期待
著者
会長 高橋 弘枝1
所属
- 公益社団法人大阪府看護協会
要旨
看護理工学会の学術委員会サブワーキンググループの活動「看護ビッグデータ活用」は看護界にとっての最重要課題と認識している.特に近い将来,看護業界が直面する看護職の確保の問題と働き方改革で最も必要なのが看護ビッグデータの活用なのである.これからの看護ビッグデータの活用についての期待を述べる.看護界として2040年に向けた看護の在り方の検討と,看護提供方式の構築が急務であると考える.そのためには看護ビッグデータの活用が重要である.特に,高齢者数がピークに達するとされる2040年に向けて,生産年齢人口の減少に対応する観点が必要とされる.医療・介護の支え手である看護職をどのように確保するのか,看護の魅力,職業としての魅力を発信していかなければならない.また,高齢社会は多様化社会となり,看護の対象である患者・家族も多様化し,しかも看護職自身も多様化する.いかに看護の質を担保するか,実践力を高めつつ,多様化する看護職に対応すべく多様な勤務形態を導入していかなければならない.そして,そのような看護提供現場での医療安全をいかに確保していくのか等々,今まで以上にさまざまな課題が予測できる.また,看護提供の場は医療提供現場だけでなく,人の暮らしのあるところすべてが看護提供の場となる.
看護の価値はどのように決めていくのだろうか.看護師配置も診療報酬で縛られている.提供対象の広がりからも介護報酬も含め,いかに看護にお金をつけてもらうか.看護現場での取り組みを支援するものが評価の対象となるため,そのデータが必要である.特に経済が非常に厳しいなかで,社会の理解・共感が得られるようなデータの表し方が重要で,看護の評価,さらには患者・利用者の生活の質が向上したという厚生分析が重要になると思われる.それらを即実践し,可視化していくことが急務である.
看護の現場は慢性的な人手不足である.そのうえ,看護が必要とされる活動現場の広がりも大きく,目の前の看護実践で手いっぱいの状況である.「労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業」は,成果を上げているが,経費や入力負担,フィードバック手法などまだまだ課題は残る.看護者自身が看護ビッグデータ活用に対してまだまだ意識が低いと感じる.まずは,看護理工学会を発信源として,看護ビッグデータ活用の重要性を周知し,職能団体としても将来の看護提供に向けた準備として,あらゆる可能性を考えつつ,看護ビッグデータの活用に本腰を入れて取り組む必要がある.そのためには,研究者の人材確保と何よりも財源が必要である.また,看護理工学会をはじめ研究者と看護のパートナーとなりえる企業などとのマッチングも必要である.
明確な看護の将来ビジョンをもち,看護現場と研究者,そして経済的にも看護を支えてくれる企業のコラボレーションが必要で,明るい夢ある未来に向けて即始動しなければならない.誰1人取り残さないように,人の暮らしのあるところに看護を行き届かせるための看護人材の確保と育成,看護サービス提供の方法とそのためのモノの開発,そして財源確保のために動き出さなければならない.それらを包括支援するのは看護職能団体とこの看護理工学会だと確信している.
2章 看護ビッグデータの収集や利用の価値
2章 看護ビッグデータの収集や利用の価値
著者
教授 野口 博史1
所属
- 大阪公立大学
要旨
はじめにここでは,看護ビッグデータの収集や利用の価値ということで,サブワーキングで出てきたアイデアなどを含め,看護ビッグデータとして考えられるデータとその活用方法について,実際に存在する研究事例なども含めた,現状でも可能なアイデアレベルから,現状できていないが可能だと考えられることまでも含めて紹介する. 活用方法の分類として,ターゲットから「医療安全の観点からの利用」,「看護管理的な側面での利用」,「患者アセスメントやケアへの利用」へ分けて紹介する.
医療安全の観点からの利用
通常,急性期病院では,医療事故の再発防止などのためにインシデントレポートなどの情報を収集している.あるいは,3点認証などの予防安全的なシステムにおけるデータも収集している.もともとのインシデント自体は数が少ないが,それらがビッグデータとして集められることで,発生時の看護師の状況のデータ,患者データなどと結びつけることができ,聞き取りなどによる再発防止対策でなく,データに基づく要因の解明にも役立つと考えられる.実用上の重要性も高いことから,本邦でもいくつかの研究が行われている.たとえば,転倒・転落については,予防も重要なことから,電子カルテなどにあるビッグデータから機械学習手法を利用して,リスクを予測するシステム開発の研究1),あるいは,インシデントではないが,褥瘡発生についてリスクアセスメントやそのほかのデータから,機械学習手法を用いて推定するモデルを開発する研究2)なども行われている.
現状では,入院時やリスクアセスメントのデータなどをもとに判断するものが多い.本来は,患者本人の身体状態は当然のこと,その時の看護師の勤務人数や重症患者の割合なども加味して考慮される,ある種の繁忙度を代表すると考えられるパラメータや,さらにミクロな観点では,発生時刻前後における患者や病棟の状況なども考慮すべき項目である.これらのデータについては,たとえば,勤務データやDPC(Diagnosis Procedure Combination)データなどから推定される入院患者データ,ナースコールの数などが1つの指標となることが予想される.加えて,それらのデータは病棟に関するデータから,オンラインで更新することも可能であると考えられる.また,リスクではなく,そもそも事前の動きを察知するという観点では,離床センサのデータは,事後に近い状況になるが,その離床前の行動予測のための正解情報として利用できる可能性がある.現在でもすでに,褥瘡予防のためのエアマットレス内にセンサが組み込まれていたり,あるいは睡眠状態の検知に利用されるシート型の圧力センサなども導入されていたりすることから,それらから取得可能なセンサデータの活用も考えられる.また,転倒予防のためのカメラなど各種センサの導入システムも開発されてきているが,それらのデータを計測することが可能であれば,そもそも危険な行動をあらかじめ予測して警告するシステムへつながる可能性がある.
また,現状では,インシデント数が多く,関心も高いことから,転倒・転落が取り上げられることが多いが,それ以外にもさまざまなインシデントが存在する.また,医療の質に関係する部分へもつながる部分であり,単純な定量にとどまらない,要因の分析やあるいは,それらの予測への応用へと看護ビッグデータの解析はつながっていくと考えられる.
看護管理的な側面での利用
つぎに,看護ビックデータの活用として考えられるのが,看護管理への応用である.たとえば,看護師長は日勤,夜勤も含めた看護師配置について経験に基づいて定めていることが多い.また,ソフトウエアを使用して日勤表を作成することもある.しかし,その看護師配置が良かったかについての定量評価はむずかしい.もちろんインシデントが少ないといったことなどが評価指標として考えられるが,そもそもインシデントの数が少ないため,指標としては使いにくい,また,患者満足度や質問紙的な評価も,一時的な研究であるならばともかく,継続的に行うのは困難である.そこで,看護ビッグデータとして収集されているデータが役立つと考えられる.たとえば,ナースコール自体が少ない状態であれば,看護師によるケアが行き届いていると考え,現在の看護師配置の適切さの指標として利用できる可能性がある.当然のことながら,ナースコール自体が少ない要因は別のさまざまな要因に依存するため,単純な比較はむずかしいが,日々変化し,病棟全体での定量も容易であることから1つの指標となることが考えられる.同様に,患者の精神状態を含めた体調が電子カルテなどからスコア化できれば,それらを用いて看護師配置の適切さなどを評価できる可能性がある.
また,人の配置だけでなく,たとえば,看護師体制をチーム制にする,あるいは,パートナーシップナーシングシステム(PNS)にするなど,新しいシステムを導入したいときにおける評価としての利用も考えられる.さらには,付き添いが必須になるなど看護方針が病棟で変わるといった場合もある.これらの状況においても,やはりナースコール数などは変化する可能性があり,評価指標として利用できる可能性がある.この利用法については,ナースコールデータの調査と解析の報告1(第6章)のなかでも少し触れる.
現状では導入されている病院などは限られるが,看護師の動線データや,滞在時間などを計測するためのセンサシステムも活用が進んでおり,それらの看護師の配置やあるいはケア活動の評価,エキスパートの存在の意義などの評価に利用できる可能性がある.特に動線データの場合は,看護師体制のみならず,そもそもの建物の構造や,ナースステーションの位置,ベッド配置など空間の最適化へも資する情報となると考えられる.実際に,看護師体制や病棟,病院などの違いによる看護師の病室滞在時間や動線データの解析については一部で始まっている3).また,混合病棟における助産師などの役割を滞在時間から探る研究も行われている4)5).
評価方法への活用に着目してきたが,看護の必要度や患者の状態あるいはベッド配置などから,最適な看護師や,ベッド配置などについての関係,あるいは要因的な部分について解明されれば,逆に,最適な配置などについてのアドバイスができるシステムを構築できる可能性もある.ただ,病棟の種別や看護師体制などさまざまな要因にかかわることが予想されることから,看護ビッグデータはもちろんのこと,病棟間,病院間など幅広い領域でのデータ収集が重要になってくると考えられる.
それ以外の利用方法としては,看護師のケアなどの定量的な評価に用いることができる可能性がある.特に,ナースコール数やトラブルに関係するデータの定量化はダイレクトに評価対象の一部になる可能性がある.また,先ほどの看護師の病室滞在時間などについても利用可能性はある.加えて,患者自体の満足度や体調管理的な部分についても間接的に,患者の様態にまつわるデータ群などで代替することで評価対象にできる可能性もある.少し違うところでは,eラーニングやそのほかの看護師教育と実践への教育知識の利用などについても,対象となる機器などが電子化されデータが取れるようになっていれば,照らし合わせなどから効果について評価することが自動的にできるようになることも考えられる.
患者アセスメントやケアへの利用
上記では,基本的に病院側あるいは,看護師側からの視点でのビッグデータの活用法をみてきた.ここでは,患者本人への直接的な活用を考える.もちろん,現状,医療でのビッグデータの活用として,特定の疾患との電子カルテデータやDPC,NDB(National Database)などとの連携から疾患の予測や,要因分析などが行われており,同様に,特定の看護ケアに関しての要因などについても調べることができる.その意味では上記の褥瘡と病院記録とのビッグデータ研究はここに位置するとも考えられる.看護ケアについては,看護パスの記録システムなどが進んでいる場合には,それらの情報を利用するという考え方もあるが,体系だって整理されていない場合においても日々の看護記録そのものや,ケア,投薬やケア記録自体の内容にまで踏み込まなくてもその量などから,目安になることは考えられる.また,直接的な変数にはならないが,ナースコール量なども代替になると考えられる.また,別でも言及した看護師の動線や,病室の滞在時間などもケアの量の代替的な指標になると考えられる.さらには,もし将来的に看護師の利用する機器が現在のモニタ系の装置と同様に電子化され,それらが電子カルテなどと接続することになれば,それらのデータもビッグデータとして統合され,変数として利用できるようになると考えられる.あるいは,患者側においても,ナースコールの理由や,その後のケアについての情報などが電子化されるようになれば,重要な変数として利用されるようになると考えられる.
また,上記では特定の疾患との関連をみる研究を中心に紹介していたが,疾患そのものではない予後やQOL(Quality of Life)などの評価の指標としても看護ビッグデータは利用できると考えられる.たとえば,術後の痛みや移動介助などでナースコール数が増加すると予想されることから,筆者らも,それらを代替する変数ではないかと考えて検討・解析などを行っている.詳細については,ナースコールデータの調査と解析の報告1(第6章)において述べる.看護師がケアに使う時間が多いことは,場合によって重篤な状況を示す可能性もあることから,先にあげた動線や滞在時間などの情報も患者の様態などを示す代替アウトカムとしての手がかりになる可能性がある.
これまでは,疾患に関係する要因の探索などのマクロな話であったが,ビッグデータは必ずしもマクロな利用には限らない.たとえば,熟練の看護師はさまざまな状態から事前に患者の様態を察知し,先回りしてケアができている.実際には,さまざまなアセスメントの状態や,これまでの経験からの暗黙知に照らし合わせての判断があると推察される.看護ビッグデータを利用することでそれらの代替とまでは言えなくても,判断支援のようなことができる可能性はある.たとえば,バイタルデータなどは最近のモニタ機器では,オンラインでデータが記録されており,先に示したようなインシデントや,患者の様態に合わせたデータを予測するようなモデルが構築できれば,問題がありそうな場合に自動的に通報したり,受け持ち看護師に連絡するなどのシステムが構築できる可能性がある.さらには,そこで実施に起きたことや間違いなどについてのフィードバックを,患者本人や看護師からの入力によって行うようなシステムも可能だと考えられる.技術的にも時系列データからの予測に関係する研究が進んでおり,オンラインでの看護ビッグデータの計測が進むにつれて,こうした新たなアイデアがビッグデータの応用として出てくる可能性がある.
その他の利用
これまでにあげてきた利用方法についてはどちらかというと評価の要素,あるいは,その変数としての利用と言う観点で取り上げてきた.ビッグデータの利用としては,そのような利用法とは別の方向として,データマイニングと呼ばれるデータから知識を発見するような使い方も考えられる.たとえば,実際に看護記録などですでに行われつつあるが,テキストマイニングと呼ばれる手法を用いて,共通のケア記録に関係する記載部分を抽出することで新たなケア知識を見つけることができる可能性がある.予後が良かった患者と悪かった患者に関するケアの記録に出てくる単語の差をみることで,特定のケア行動がその予後に関係していたのではないかということを発見するという利用法である.これは文章だけにとどまらない.たとえば,看護時のケア手順について,機器の利用の順番や投薬などのタイミングをセンサや電子記録から推定することが可能である.特定のケアに時間がかかっていた,あるいは,患者の特定のバイタル状態のみに,そのケアが行われていたなどといった情報についても同様に自動的に抽出することが可能である.さらには,看護ビッグデータから看護行為を推定するだけでなく,その推定された看護行為自体のビッグデータをさらに解析し利用することも可能である.すなわち,推定されたケア要素が共通に使われている部分を自動検出することで,いわゆる暗黙知的に行われていたケア手順を発見するような利用方法である.
まとめ
ここでは,看護ビッグデータとして収集される項目と,そのデータを利用することでどのようなことが可能になるかについて,サブワーキングでの議論もふまえ,医療安全,看護管理,患者側の立場からの実際の利用例,あるいは将来的に期待される利用例を交えながら紹介してきた.看護ビッグデータの利用を考えるためのアイデアの一助となれば幸いである.また,今回は,サブワーキングでの議論が病棟を中心としたものであったため,病棟での活用を中心に考えて記載したが,現在,在宅での看護も問題となってきており,それらに対しても看護ビッグデータが役立つ点はあると考えられる.それらについても別途機会があれば,まとめたいと考えている.
参考文献
1)Yokota S, Endo M, Ohe K. Establishing a classification system for high fall-risk among inpatients using support vector machines. Computers, Informatics, Nursing 35:408-416, 2017.
2)Nakagami G, Yokota S, Kitamura A, et al. Supervised machine learning-based prediction for in-hospital pressure injury development using electronic health records: A retrospective observational cohort study in a university hospital in japan. Int J Nurs Stud, 2021. doi: 10.1016/j.ijnurstu.2021.103932.
3)池川充洋,大島 暁,須藤久美子,他.セル看護提供方式採用病棟における看護業務実施場所からみた業務改善調査.看護理工 5:80-85,2018.
4)Otaki C, Saito I, Izumi S, et al. Analysis of night-shift nurses’ locations and durationsusing information communication equipment: A prospective observational study of a mixed obstetric ward with severe patients in Japan. JNSE 7:13-24, 2020.
5)Otaki C, Saito I, Izumi S, et al. Analysis of day shift nurses’ and midwives’ locations and durations using information communication equipment: A prospective observational study of a mixed obstetric ward with critical patients in Japan. JNSE 7:130-140, 2020.
3章 病院間で共有すべきデータ
3章 病院間で共有すべきデータ
著者
小栁 礼恵1
所属
- 藤田医科大学社会実装看護創成研究センター
要旨
はじめに近年,医療の質の向上,維持のために日本医療機能評価機構やJCI(Joint Commission International)などの第三者機関による評価が実施され,医療機関の質の目安として公表されている.その評価を参考に患者は医療機関を選択し,医療者は公表されたデータを参考に自施設の改善策などを検討している.医療の質の評価のために使用されるモデルとしてDonabedianのモデルがある(図1).Donabedianのモデルは「構造」「過程」「結果」の側面を評価したものであり,「構造」は人的,物的,財源など医療機関を作る構造面に関係する.「過程」はケアや治療の提供過程であり,患者のニーズに沿ったものであることが理想である.「結果」は「構造」と「過程」によってもたらされた成果や状態である1).ナースコールをモデルに当てはめると,看護師の配置数やそれに対する患者数,ナースコールの設置数や場所については「構造」であり,ナースコールに応答するまでの時間,ナースコールの回数,看護必要度は「過程」と解釈する.「構造」「過程」に関連した転倒・転落,無断離院,患者満足度,誤嚥・誤薬などは「結果」である.以上のような,「構造」「過程」による「結果」を病院間で共有することにより,自らの医療機関の「構造」「過程」の見直しの実施が可能となり医療の質改善につながると思われる.
ナースコールの回数と関連データ
今回,急性期病院の外科病棟のナースコールデータから,病院間で共有すべきデータについて検討した.対象としたナースコールは,一般コール,緊急コール,特殊コール,トイレコールである.ナースコールの回数は医療安全の質指標として評価されることが多く,急性期病棟の研究においてもヒヤリハット発生とナースコールの回数との関連が指摘されている2).今回検討した急性期病院の外科病棟の2014-2016年のナースコールの回数は年々増加している.しかし,同病棟のナースコールの回数が増加した理由は「身体抑制減少を目標」としナースコール(一般コール)を使用するよう患者に指導し,さらに転倒リスクが高い患者については自室にセンサーマット(特殊コール)を敷き,体動があった時点で対応できるようにした結果である(図2,3).また,リスクが高い患者についてはスタッフステーションの近くに入室させた.そのため,ナースコールの回数は多いが短時間で応答(過程)し転倒転落件数が減少したことが予測される(図4).
ナースコールによる医療の質評価と対策
ナースコールの回数,呼び出し場所,病棟の状況から対策の効果や回数の推移が分析できる.また,このような事例があることが周知されることで,医療の質評価指標としてのナースコールの回数のデータの活用方法が明らかになる.ナースコールの回数と「過程」要因である看護師の行動,ケアの実際,「構造」要因である患者の個人特性,病棟の人員体制,病棟の構造,病棟の管理体制(病棟目標など)により,医療の質評価指標となる「結果」がどのような影響を受けるか,今後調査し病院間で共有する必要がある.さまざまな施設基準の病院が「構造」「過程」「結果」を共有することにより一定の基準における質評価や対策が可能となることが期待される.
今後の課題
組織運営,看護実践評価のために,既存のナースコールやその他医療機器に蓄積されているデータと「構造」「過程」「結果」の関連を分析し,質評価指標を作成する.そして,介入すべき項目を明らかにし医療の質改善に努めることである.
参考文献
1)Donabedian A. Explorations in quality assessment and monitoring: The definition of quality and approaches to its assessment, Health Administrations Press, Michigan USA, 1980.}
2)金子さゆり,濃沼信夫,伊藤道哉.急性期病棟における看護師の業務内容と患者安全との関連の検討.医療の質・安全会誌 5:221-225,2010.
4章 労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業
3章 病院間で共有すべきデータ
著者
武村 雪絵1
所属
- 東京大学医学部附属病院
要旨
事業の概要わが国では,日本看護協会が2013年度から試行し,2015年度から本格実施した「労働と看護の質向上のためのデータベース事業」により看護実践や看護労働環境に関するビッグデータが収集・蓄積されている.この事業は英語名称Database for improvement of Nursing Quality and Laborを略して,DiNQL(ディンクル)事業と呼ばれている.
DiNQL事業は「看護職が健康で安心して働き続けられる環境整備と看護の質向上」を目指して実施されており,2つの目的が掲げられている1).1つは,看護管理者がデータを活用してマネジメントを行うことを支援し,看護実践の強化や質改善活動の推進を図ることである.もう1つは,施設横断的に収集されたデータを活用して政策提言のためのエビデンスを示し,看護実践や労働環境の改善に資する政策を実現することである1).
DiNQL事業で収集される評価指標は表のとおり,2021年度版では12カテゴリー計170項目である2).人員配置や労働時間,患者情報など看護実践の「構造」に関するデータ,多職種による退院ケアカンファレンスや痛みのスクリーニングなど看護実践の「過程」に関するデータ,褥瘡や感染,転倒・転落,誤薬の発生率など看護実践の「結果」に関するデータが,定められた定義と算定式に従って収集される.
病棟単位で収集するデータが中心であり,導入する際は看護管理者や看護職員がDiNQL事業の目的を理解し,正確なデータを収集し入力するための体制づくりや学習を進める必要がある3).データ登録は,WEB入力画面から直接入力する方法とCSVファイルをシステムにアップロードする方法の2種類がある.参加施設の負担軽減のため,DiNQL事業は1病棟から病棟単位での参加を認めており,必須入力項目も10項目に絞って,ほかの項目は任意入力としている.また,データは毎月入力することが望ましいとしつつも,入力頻度は各施設・各病棟で自由に選択できるようにしている1).しかしながら,事業の2つの目的を達成するには,できるだけ多くの項目を継続して入力することが望ましい.日本看護協会はデータ入力の負担を軽減するため,病院情報システムベンダーへの情報提供を行い,電子カルテなどの病院情報システムへのDiNQLデータ抽出機能の搭載を後押ししている4).2021年1月時点では3社の病院情報システムにDiNQLデータをCSVファイルに出力する機能が搭載されている4).
データの活用と成果
事業の1つ目の目標であるデータマネジメントによる看護実践の強化や質改善活動の推進のために,DiNQL事業参加病院は,自施設の病棟間での比較や各病棟の経時的変化を確認できるほか,自施設全体や各病棟のデータを他施設のデータとも比較できるようになっている5).病院(設置主体や都市区分,病院機能,稼働病床数)や病棟(病床区分,病床機能,入院基本料,特定入院料,診療科)の条件を指定してデータを比較することで,自施設や自病棟の強みと弱みを把握し,ベンチマークにすることができる.結果はレーダーチャートや時系列の推移表,散布図などのグラフで出力でき,中央値や25%値,75%値も表示されるので,それらを参照しながら自施設や自病棟の課題を見出し,目標を設定することができる.また,改善に取り組んだ成果をデータで確認することもできる.日本看護協会のホームページや機関誌『看護』では,DiNQL事業参加病院がデータを活用しながら,褥瘡予防6)や転倒・転落予防7)8),時間外労働時間縮減9)10),病院の経営参画11)などに取り組んだ事例が紹介されている.
もう1つの事業目的である政策提言については,診療報酬改定の要望にデータを活用したことが報告されている12).DiNQL事業参加病院のなかに,認知症看護認定看護師を含む多職種による認知症ケアチームを設置し,認知症の早期発見や症状対応のコンサルテーションやカンファレンスを実施している病院があることを数値で示した結果が,2016年度の認知症ケア加算の新設につながったことや12),当初の認知症ケア加算2算定病棟(9時間以上の研修を受けた看護師を複数配置)において,病院内に認知症看護認定看護師などがいる場合はいない場合よりも身体的拘束を受ける患者の割合や身体拘束の延べ日数が少ないことを数値で示した結果が,2020年度改定で認知症ケアチームが設置されていない場合も認知症看護認定看護師などを専任で配置している場合は評価される区分(新認知症ケア加算2)の新設につながったことが報告されている12).
今後の課題
このように,目的の実現に向けて成果をあげつつあるDiNQL事業だが,2017年度に610病院5,381病棟が参加したのをピークに参加施設数は漸減しており,2019年度は531病院4,973病棟,2020年度は新型コロナウイルス感染症流行の影響もあり,431病院4,258病棟となった.DiNQL事業に参加する病院は,DiNQL事業参加費に加えて,データ入力のための労力(人件費)あるいはデータ抽出機能搭載の病院情報システム導入経費を負担する必要がある.現時点では経済的なインセンティブはなく,特に自施設で独自にデータを収集し質指標として活用できる病院では,DiNQL事業に参加する意義を見出せないかもしれない.データベース事業においては,参加施設の拡大や参加の継続はデータの価値を左右する重要な課題である.病院幹部や看護管理者,そして看護職員が看護領域でのデータマネジメントの有効性やエビデンス生成のためのデータベース事業の重要性を実感できる必要があり,そのためにもDiNQLデータを積極的に活用し成果を可視化することが望まれる.
特に看護実践環境の改善には,環境と患者アウトカムの関連を可視化するエビデンスが必要であり,そのためには施設横断的なデータが不可欠である.図は環境とアウトカムの関連をイメージした散布図で,各点は病棟単位のスコアを示している.同一施設内ではマネジメント方策として看護職員の傾斜配置が行われるため,たとえば,重篤患者が多くケア内容が複雑で繁忙な病棟には看護職員を多く配置し(施設Cの赤点),ケア依存度が低く治療のリスクも低い患者が多い病棟は看護職員配置が少なくなる(同,青点).そのため,単施設で分析すると,看護職員配置が多い病棟ほど有害事象が多いという結果(同,灰色線)が示されることもありうる.施設横断的なデータがあって初めて,看護職員配置と有害事象発生の関連(同,赤線)を示すことができる.DiNQLに蓄積されたデータを分析することで,患者アウトカムに資する看護実践環境を実現するためのエビデンスが生成されると期待される.
しかし,現時点では,各施設の質改善の取り組みに比して,政策提言のためのエビデンス生成は活発でない印象を受ける.データの利用について,日本看護協会は「労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業に関する基本条件」第14条で,「本会は,本事業において収集したデータ等について,本事業の目的を達成するために必要な範囲で使用するものとし,特別な事情がある場合を除き,当該必要な範囲を超えて参加医療施設以外に提供しないものとする.ただし,本会は,個人や病院名が識別されない方法による場合には,本事業の関連会議,学術会議,学術雑誌等において本事業において収集したデータ等を公表することができるものとする」としている13).病院が経費を負担し,看護職員の労力によって収集されたデータであり,病院の評価に直結する内容であるため,DiNQLデータに第三者が関与することに慎重であるのは十分に理解できる.しかし,日本看護協会内でデータ解析に従事できる人員数には限りがある.貴重なデータを活用して,看護実践環境を改善し,患者と看護職員に良好なアウトカムを実現するために,学術団体や研究機関,研究者などがエビデンス生成にどのように貢献できるかを各関係者と協議しながら探っていくことが望まれる.
文 献
1)日本看護協会.労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業(2021/6更新).2021/7/18,
2)日本看護協会. 労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業.2021年度データ項目.2021/7/20,
3)白石浩子.DiNQL導入に向けた体制整備から全34病棟入力までの取り組み.看護 71:53-57,2019.
4)日本看護協会.労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業.病院情報システムベンダーの皆さまへ.2021/7/20,
5)日本看護協会.労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業.ステップ3:ベンチマークの評価.2021/7/20,
6)内山詞恵,関あかり,須野原祐一.DiNQLデータを活用した,褥瘡ケアの質改善への取り組み.看護 71:41-44,2019.
7)日本看護協会.参加病院の取り組み事例紹介.転倒・転落予防に向けたDiNQLデータの活用(静岡市立静岡病院)(2020/9/11).2021/7/20,
8)松本美保子.病棟機能移行後の部署の特徴に沿った安全管理と労働環境の改善を検討して.看護 72:52-55,2020.
9)佐藤浩二.病棟の時間外労働時間の削減に向けてDiNQLデータ活用による労働環境の整備.看護 72:43-46,2020.
10)日本看護協会.参加病院の取り組み事例紹介.時間外労働時間減少への取り組み ~DiNQLを活用して~(国家公務員共済組合連合会 横須賀共済病院)(2020/3/26).2021/7/20,
11)宮本智子.DiNQLデータを用いた病院経営参画への取り組み.看護 71:49-52,2019.
12)日本看護協会.労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業.事業の成果.2021/7/20,
13)日本看護協会.労働と看護の質向上のためのデータベース(DiNQL)事業に関する基本条件(2015年3月1日制定).2021/7/20,
5章 看護に活用するために蓄積可能なはずが記録収集されていないデータ
5章 看護に活用するために蓄積可能なはずが記録収集されていないデータ
著者
石井 豊恵1
所属
- 神戸大学大学院保健学研究科
要旨
はじめに看護分野では,医療・看護サービスを享受する人々のさらなるQOL(Quality of Life)向上のため,これまで蓄積されてきた大量データの活用が求められている.
一般社会では大量データを活用した機械学習により,気象情報など精度の良い予測システムの確立や利便化が進み1)2),経済分野においては確率モデリングを併用したサービスの分析3)など産業構造の改革が期待されるほどにまで劇的に人工知能技術の実用化が進んでいる.医学分野でも,ゲノム解析やそれに則ったテーラーメイド医療4),画像解析による自動診断5)など,着実に人工知能技術の活用が進んでいる.一方,看護分野においては,大量データを活用することの期待は高まっているものの6)7),科学論文はほとんどなく,大量データの活用は決して進んでいるとは言えない.看護を実践するために観察している多くのモニターデータは目の前の患者の看護を実施するためだけに使用しているのが現状ではないだろうか.また,日々入力する看護記録データは診療報酬点数の確定や直近看護のためにのみ使用され,放置されているのが現状ではないだろうか.これまで,使用し蓄積されてきたデータには多くの「看護の知」が埋め込まれている.それら「看護の知」を洗い出し,テキストや数値で他者が理解できる形にすることはわれわれが行っている看護そのものを体現することであり,看護の評価の視点であり,後継者育成のポイントとなる.また,人のもつ精神運動領域の技能を機械に技術移転するために必要不可欠な要素となる.
本章では看護実践において,使用し蓄積されてきたデータからどうやって埋没した「看護の知」を詳らかにするのかについて述べる.
看護におけるデータと「看護の知」の関係
看護におけるデータ活用を考えるとき,看護を実践するためには看護師はどのようにデータを取り扱っているのか,その特徴について知ることが「看護の知」のありかを知るうえで重要である.また,看護は直接的な実践のみならず実践者を支える管理を行うことも重要な要素であり,そこにも「看護の知」が存在する.本章では「看護実践」と「看護管理」の2つの視点から,データ取り扱いの特徴について,具体例を用いて述べる.
1.看護実践のための観察データ
看護実践のための観察データとは問題を洗い出し,問題解決のための行動を決定,実行するための判断材料となるデータである.これらのデータを取り扱うとき,看護師は対象者の健康関連の現象について「流れ」を読んで問題を捉え,つぎの行動を判断する.たとえば,ある勤務帯で受持ちをしている同じ疾患,同年代の患者Aさんと患者Bさんで,同日同時刻の血圧が170mmHg/88mmHgであったとする.血圧値が170mmHg/88mmHgというのは,一般的には注意をすべき値である.担当看護師は患者Aさんにはしばらく安静にしてもらい様子観察をするという判断をし,患者Bさんには臨時の降圧剤を内服してもらうという判断をした場合,何が判断を分ける基点になっているかが「流れ」にあると言える.患者Aさんの血圧は日々おおむね,140mmHg台で経過しており,リハビリなどで活動したあとは血圧がこの値に上昇することは珍しくなく,一方で患者Bさんの血圧はおおむね100mmHgで経過しており,リハビリなどの活動後もこのような値に上がることは滅多にないといったことが「流れ」である.実際の判断根拠や行動はより複雑であるが,この患者にとっての「流れ」を捉え,この患者にとっての血圧上昇の許容範囲を推定し,行動決定をするのである.これらデータそのものには「看護の知」は存在しない.データを情報化するプロセスにおいて,そのデータをどう判断したかの点について「看護の知」が生み出されており,これらは記録などのデータとしてはほぼ残っていない.血圧値を例に取ったが,体温やセントラルモニターに常に流れている心電図波形,SpO2値,呼吸数,患者の動き(おちつきのなさ)など,多くの事象について同様のことが言える.
そのほかの具体例としては,例でも取り上げた血圧値のように,問題を洗い出す過程で必須のデータ群があげられる.看護師は基本的なバイタルサインと呼ばれる,血圧,体温,呼吸数,脈拍数とともに,診療科で取り扱う疾患の特性に合わせた観察ポイントのデータをもって,患者の身体状況の良し悪しを把握する.たとえば,脳神経外科の患者であれば意識レベル(意識が正常か,正常でなければどの程度悪いのか)や瞳孔径(瞳の中心にある光調節部分)の大きさ,心臓疾患の患者なのであれば24時間装着している心電図モニター上に,不整脈があるのか,あるとしたら命にかかわるものか,頻度はどれくらいか,などである.
2.看護実践のアウトプットとしてのデータ
看護師は日々,1.のデータをもとに,問題を洗い出し,問題解決のための行動(看護援助)を実施する.その一連の流れにおいて,自分の看護活動のなかで観測したデータや思考,行動とその評価を看護記録として電子カルテに入力する.これらの情報がアウトプットとしてのデータである.たとえば,S)「痛い痛い」,O)右肩峰付近に三角筋に沿って発赤,腫脹,熱感あり,WBC10,000/μL,CRP4.5mg/dL,体温38.0℃,A)1週間前に接種した予防接種部位から感染を起こした可能性あり,P)医師への報告とともに消炎鎮痛解熱剤使用,今後,熱型と感染データをフォローする,などの記載である(SOAPについては,※参照).この際,入力された情報はすでに看護師のアセスメント,つまり,対象患者の状態や抱える健康問題の分析・評価を経た記録である.この記録自体には看護者の思考結果,つまり,「看護の知」が埋没していると言える.
SOAPを用いた経過記録以外の具体例としては,日々看護記録として入力されるアナムネ用紙,看護問題リスト,看護計画立案評価用紙,転倒転落アセスメント用紙,褥瘡リスク判断用紙などがあげられる.
※SOAP
S)はsubjective dataを指し,患者の主観情報を意味する.
O)はobjective dataを指し,看護者が捉えた客観的情報を意味する.
A)はassessmentを指し,S),O)を元に判断した内容を意味する.
P)はplanを指し,S),O),A)をふまえた問題解決のための計画を意味する.
3.看護管理のための参考データ
看護管理のための参考データとは,おもに管理職にある者が記録,保存をするデータのうち,情報化前のデータと日々意識せずとも蓄積されている看護関連のログデータなどを指す.
前者は,具体的には重症度(あるいは救護区分)別患者数,感染者数,勤務看護師数などであり,これらの情報を集約し安全管理や職場環境整備のために使用する.たとえば,火災や地震,自然災害による停電などが起きた場合,どの人員でどの患者をどう救護するのかを検討するデータとなる.つまり,管理者の問題解決のための思考をもたらすデータであり,データそのものには「看護の知」は存在しない.データを情報化するプロセスにおいて,そのデータをどう判断したかの点について「看護の知」が生み出されており,これらが記録などのデータとしてほぼ残っていないのは1.と同様である.
後者は,ナースコールデータやセンサマットデータ,PDA(Personal Digital Assistant)履歴などが例としてあげられ,管理上の活用方法は沢山あるが,そのような意識が向けられていないため,使用されることなく放置(一定期間後消去)されていることが多い.
4.看護管理のためのアウトプットとしてのデータ
看護管理のためのアウトプットとしてのデータとは,おもに管理職にある者が記録,保存をするデータのうち,合目的に生成された記録物(情報)を指す.具体的には勤務表や職員評価などが含まれる.この記録自体には看護管理者の思考結果,つまり,「看護の知」が埋没しており,2.と同様であると言える.
5.その他
看護の現場に存在するデータで,その活用方法が見いだされていないデータが存在する.これらは,1.~4.以外で施設内に存在するすべてのデータであると言える.たとえば,医療施設内で使用される機器(看護と関係しているというより,むしろ,機器メンテナンスのために蓄積されている)のログデータの類である.医療施設内で使用される機器類には,おおむねログが残されている.簡単な内容ではあるが,分析目的によっては大いに活用の可能性がある.たとえば,輸液ポンプのログデータは稼働時間,各種ボタン操作をした時刻データなどが残されている.ログデータを分析すれば,輸液状況が予定どおりなのか,予定どおりでないとすれば何が起きているのか,あるいは,操作の順序性を見ることで適正な操作が行われているのかなどを知ることができ,看護スキル支援に役立てられるかもしれない.これらのデータには「看護の知」とは言えずとも何が現場で起きたのかが埋没しており,それらを取り出し,活用することが期待できる.
大容量データをどのように分析するのか
まず,「看護の知」を抽出するにはどのようなデータが存在するのかを整理する必要がある.つぎに,分析をするためには補完が必要なデータを特定し,データを準備し,最終的に「看護の知」がどこに存在するかに合わせた分析方法を検討する必要がある.
1.看護に関連するデータ群(表)
前章で述べたデータは数値のデジタルデータとして存在するもの,テキストのデジタルデータとして存在するもの,紙ベースの記録であるものがある.これらは,形として残っているが,心電図モニター波形など,その場限り(あるいは一定期間)で消失し残らないものもある.これらのデータについて,大量データの分析を見据え,表の横軸に「存在しない(そもそも存在しないデータ)」,「存在はする(存在はするが蓄積されていないデータ)」,「蓄積されている(意図的に蓄積されているデータ)」に分け,大まかに分類整理をした.具体的な内容は表の詳細を確認してほしい.
2.分析のために今後蓄積するべきデータ群(表)
分析のために蓄積するべきデータ群とは,翻せば,看護に活用するために蓄積可能なはずが記録収集されていないデータのことであり,表の左側2列にあたる.これらは,今後看護分野が大量データを活用し,看護の質を高めていくうえで必要不可欠なものとなる.これらのデータを蓄積するために実践現場がさらなる業務負担を負わない工夫をしたうえで,すみやかかつ可能な限りデータの蓄積を行っていく必要がある.「存在しない」データについては,0からデータ蓄積の土壌やシステムを構築する必要がある.「存在はする」データについては,工夫や他部門,企業の協力を得ることで蓄積可能となる.
3.「看護の知」のありかに合わせたデータ分析(表)
前章で述べたように,データによって「看護の知」のありかに違いがある.表の縦軸に「看護実践のための観察データ」,「看護実践のアウトプットとしてのデータ」,「看護管理のための参考データ」,「看護管理のためのアウトプットとしてのデータ」,「その他」を位置づける.
「看護実践のための観察データ」と「看護管理のための参考データ」はデータそのものには「看護の知」は存在しない.このため,それを洗い出す分析には,正解データを用いた深層学習が適している(教師あり学習).そのためには,任意の例数を用い,看護者はそのデータをどう判断するかについて追加のデータを取る必要がある.そのうえで,大量データの深層学習を進めることで,判断プロセスのアルゴリズム,つまり「流れ」の判断を解明することができると考える.
「看護実践のアウトプットとしてのデータ」,「看護管理のためのアウトプットとしてのデータ」にはすでに「看護の知」が埋没している.このため,大量データを探索的に分析することで,判断プロセスのアルゴリズムを描出することができると考える.
「その他」のデータについては,実施工程に「看護の知」のヒントがあるテーマについて分析することが可能である.これらには,時系列にみた出来事をクラスター化することで,その全容を描出し,問題解決のための知見を得られると考える.
いずれの分析についても,大量のデータを用いることで多くのばらつきや,一見異なる現象を束ね,少量のデータでは再現性を示せない看護の特性を詳らかにすることが可能となる.これまで「患者の個別性」,「臨機応変」などの言葉でしか表現できなかった看護の具体を表現することは,冒頭にも述べたように,看護の向上のために絶対的に必要である.今後の精力的なデータ活用普及を行っていくことが重要である.
参考文献
1)Rasp S, Dueben PD, Scher S, et al. WeatherBench: A Benchmark Data Set for Data-DrivenWeather Forecasting. J Adv Model Earth Syst 12, 2020. doi:10.1029/2020MS002203
2)Haupt SE, Chapman W, Adams SV, et al. Towards implementing artificial intelligence post-processing in weather and climate: proposed actions from the Oxford 2019 workshop. Philos Trans A Math Phys Eng Sci 379(2194), 2021. doi: 10.1098/rsta.2020.0091
3)本村陽一.ビッグデータを活用する確率モデリング技術 -社会実装の取り組みと課題-.統計数理 66:213-224,2018.
4)Tsigelny IF. Artificial intelligence in drug combination therapy. Brief Bioinform 20:1434-1448,2019.
5)Zhou LQ, Wang JY, Yu SY, et al. Artificial intelligence in medical imaging of the liver. World J Gastroenterol 14:672-682, 2019.
6)Archibald MM, Barnard A. Futurism in nursing: Technology, robotics and the fundamentals of care. J Clin Nurs 27:2473-2480, 2018.
7)Mcgrow K. Artificial intelligence: Essentials for nursing. Nursing 49:46-49, 2019.
6章 ナースコールデータの調査と解析の報告1~15年間のナースコール履歴記録の解析~
6章 ナースコールデータの調査と解析の報告1 ~15年間のナースコール履歴記録の解析~
著者
教授 森 武俊1 教授 野口 博史2 教授 中島 勧3
所属
- 東京大学
- 大阪公立大学
- 埼玉医科大学
要旨
概 要ナースコールの発呼数が多いことは病棟・看護師の繁忙度と関連するとされている.ある大規模病院の15年間のナースコールの履歴を分析し,さらにうち5年分の主診療科の異なる病棟の間の発呼数・コール種別を比較した.どの病棟も入院患者数が増えていないにもかかわらず発呼数は増え続けている.発呼数が多い病棟のコール種別を調べたところ,発呼数の経年増加は離床検知マットなどのセンサを接続して自動コールを行うシステムの導入によるものであった.病棟の繁忙度,看護師の繁忙度は多様な要因に基づくが,センサをナースコールシステムに接続することも要因となっている可能性が推察された.繁忙度が高まると病棟の安全性の低下につながる可能性があり,センサのナースコール接続による転倒などのインシデントの数や質の変化の把握の必要性が示唆された.
はじめに
患者層の高齢化,医療の高度化,平均入院日数の短縮などにより,医療業務において特に看護の多忙化,困難化が進んでいる.医療プロフェッショナルの職場環境を改善し,患者の療養環境やQOL(Quality of Life)を向上させるためには,継続的かつ長期的な観察に基づく客観的・効率的な実態の把握,それもできれば把握自体に業務負担がかからない方法が必要である.そのなかで,われわれは,ナースコールが1つの客観的な指標になると考えている.
看護師の業務状況の分析にナースコールデータを活用した事例がいくつか報告されているが1)2),中長期的な視点で業務状況把握や改善検討にデータを活用する報告はきわめてまれであり,十分に知見の整理も行われていない.ナースコールへの対応時間と転倒との関連1)や,主診療科によるコール数比較3)4)などの研究が行われはじめ,担当科・病床数の変更,看護補助者や新しい看護体制を導入すべきか否かの意思決定に援用することについて議論されつつある.われわれも,ある大規模病院における病棟別の10年強のナースコール数変化の調査4)5)や,ナースコール数とインシデント数の相関関係の解析6)7),日勤帯・夜勤帯の違いに着目した解析8)などを初めとして,大容量のナースコールログデータの積極的な利活用を推進してきている.
本研究では,ナースコールの発呼数が多いことは病棟・看護師の繁忙度と関連すると仮定し,大規模病院の主診療科の異なる病棟の間の発呼数・種別を比較し,そのうえで何百万レコードという単位のデータとなる2002年以降の15年間の病棟全体1棟分の発呼数の遷移を分析することで,経年増加の要因を探ることを目的とした.
解析に用いたデータ
ナースコールシステムを導入していると,患者が自発的にボタンを押す,あるいはベッド周辺のセンサが離床などなんらかのイベントを検出したとき,呼び出し音が鳴る.呼び出しの頻度は,患者の状態や呼び出しの必要性,医療プロフェッショナルの行動や作業負担,すなわち病棟全体の客観的な状態を反映し表現すると考えられる.
これらナースコールシステムでは,たいてい粗く1時間ごとに発呼履歴を蓄積できるようになっており,本研究でもこの粗データを利用した.データには,病棟フロア,部屋番号,ベッド番号,ナースコールの種別(タイプ)が記録される.
図1は発呼の原因を分類して色分けしている.赤は患者がボタンを押した場合の一般のナースコール,黄色と黄緑はベッド付近のセンサによるコール,水色は緊急時の看護師によるコール,紺色は断線,紫色は病室内のトイレ・バスからのコールを表している.センサコールは,通例離床を検知するセンサを接続して自動発呼を行うものが多い.使用したナースコールログデータは,すべて連結不可能・匿名化されたデータである.
ナースコールの発呼数の変化
2012年度から2016年度の5年間のナースコールの総発呼数を調べ,病棟間で比較した.結果を図1に示す.ナースコールの発呼数の多い病棟の主診療科は,A)神経内科・呼吸器内科病棟,B)老年病科・消化器内科病棟,C)消化器内科病棟の順であった.最も多いA病棟では1年あたり約11万2千回,1日あたり300回強のナースコールが鳴っており,およそ4分半に1回という計算になる.この病院の実働病床数は1病棟あたり40強程度である.
老年病科や消化器内科,小児外科,大腸肛門外科・血管外科,腎臓・糖尿病内科においてセンサコールの比率が高いこと,整形外科や血液内科において緊急ボタンコールが相対的に多いことが分かる.
ナースコールの発呼数が多い上位の病棟のコール種別を調べたところ,老年病科や消化器内科,大腸肛門外科・血管外科,胃食道内科など,ナースコールの急増は図8に示す結果とも関連しセンサコールの使用が開始された時期が多く,おもにセンサコールの増加によるものであった.
ナースコールの発呼数の変化のモデル化
ある病棟の1日あたりのナースコール数に着目する.すると,ランダムに遷移しているようで,実は数週間・数ヵ月の単位でみると病棟状況の変動を反映している.たとえば,図2のような日ごとのナースコールの発呼数をポアソン分布を想定してベイズモデリングすると,赤線のように年度の終わりに変異点があることが自動的に見いだされた.
ナースコールの発呼数の年遷移
2002年度より2016年度までの15年間のナースコールの総発呼数とその種別を分析した.図3に結果を示す.センサコール数の増加が落ち着くと総発呼数も安定するようであった.
この病院に導入されているナースコールシステムでは,いわゆる患者がボタンを押す一般コールボタン(図中赤),センサなどに接続される特別ボタン1,2(図中黄色,黄緑),緊急時に押されるボタン(図中水色),トイレや浴場についているボタン(図中紫色),そして,脱落と呼ばれるボタンコードやセンサが外れた際に通報されるコール(図中紺色)に分かれている.
このグラフで重要なのは,赤色と黄緑色である.赤色が一般コールボタンであり,黄緑色が特別ボタンである.単純にナースコール総数が増えているのではなく,黄緑色の特別ボタンによる発呼も増えているのが分かる.実際には,特別ボタンには転倒予防のマットセンサなどが接続されていることが多いことから,それらのセンサの導入に伴う発呼も増えているのではないかと推察される.
このように,そもそもグラフによるデータの可視化に基づく概観から何が生じていたのかを推察することが可能となり,またその概観はきわめて重要であると考えられる.
また,病棟ごとに色分けした12年分の遷移について図4に結果を示す.このグラフは,縦軸にナースコール総数,横軸に年度となっている.色分けは病棟に相当する.上方の折れ線グラフは,入院患者の延べ数である.見て分かるとおり,入院延べ人数の変化はほぼない一方で,ナースコール総数は年々増加傾向になっており,2014年度では2002年の約2倍弱にまで増えていることが分かる.また,病棟ごとにナースコールの数が大きく異なることが分かる.
ナースコールの発呼数の年内変動
ナースコール総数は,新人看護師の入職のタイミングなどにも合わせて,年度内でも月ごとに変化することが考えられる.そこで,月ごとの発呼数の違いも調べた.結果をグラフで図5に示す.月ごとの日数が異なるため,日数で補正した1日あたりの発呼数で示す.
図5を見ると,大きな変化は少ないが,4月と5月ごろには発呼数が少ないことが分かる.看護部長や教育担当看護師へのインタビューでは,4月から5月ごろには新人看護師などにベテラン看護師がついていることや,入院患者の数が少ないことなどが関係しているのではないかという話もあった.
ナースコールの発呼数の日内変動
ナースコールの発呼数を,コール種別ごとに1日のなかで時間帯ごとにプロットしたグラフを図6に示す.この場合では,鶏とさか図,あるいはレーダーチャートと呼ばれるプロットにより24時間での違いを表示している.
9時~21時近辺の日中の時間帯において,どのプロットにおいてもナースコール発呼数が増えていることや,センサにつながっていると推定される特別ボタン(図中黄緑)についてはあまり時間帯に関係ないこと,あるいは,緊急呼出し(図中水色)などは看護師によるケアがあると想定される特定の時間帯に多いことなどが分かる.
ナースコールの発呼数の場所ごと分布
場所によってナースコール総数がどの程度分布しているかというのも重要な判断材料となる.単純に場所とコール数の関係を色や円の大きさで表現する方法もあるが,ここではKDEプロットと呼ばれる方法により,2014年度のある外科系病棟フロアの各ベッドごとの一般コールボタンによる発呼数を表示したプロットを図7に示す.KDEプロットではナースコール発呼数が多い部分が濃い色で表示し,近さに応じてそれらの情報と統合した分布を表示できる.
図中において,Nurse Station(NS)と書かれた領域がナースステーションである.発呼数の多い赤く濃い領域が廊下側にあり,かつ,ナースステーションに近いことが分かる.このことから,看護師長が管理設計を行い,ベッドコントロールをすることで,ナースコールの発呼が頻発する可能性が高くケアを集中する必要があるベッドの位置をナースステーションや廊下側に集めていることが可視化され確認できる.
ナースコールの発呼数の遷移の病棟別比較
年度ごとの病棟別のナースコール数のグラフの提示方法を工夫することにより,図1のような形より,より明確に病棟別の年度ごとの違いや変化を可視化してみせることも可能となる.その例を図8に示す.
このグラフでは,上から順に,2014年度,2013年度,2012年度のナースコールの発呼数を示している.11sなどの記号は病棟の種別を示している.2014年度のナースコール総数で降順にしている.ひと目見て分かるように,大幅に増加している11sのような病棟もあれば,一方で7sのように減少しているものもある.これらを見ることで,看護管理者や主任看護師など医療者がきわめて直感的に病棟における変化や類似の役割の病棟との違い,あるいは劇的な変化があった場合に何が起きたかを看護管理的に調べるきっかけとすることができる.
ナースコール数とインシデント数
最後に,病棟におけるナースコールの総発呼数と,インシデント,特に転倒数との関連をみた結果を示す.図9にグラフを示す.ナースコールの総発呼数と転倒数には相関関係がみられた.一般コールボタンあるいは特別ボタン(センサコール)と転倒数との関係を見ても図10のように同様であった.
まとめ
ナースコールの総発呼数の経年増加は,高齢化等によるいわゆる自然増に加え,離床検知マットなどのセンサを接続して自動発呼を行うシステムの導入によるものであった.病棟の繁忙度,看護師の繁忙度は多様な要因に基づくが,センサをナースコールシステムに接続することも要因となっている可能性が推察される.
転倒転落リスクアセスメントにより離床センサを導入してインシデントを減少させることを目指しても,必ずしもその目的が達成されるとは限らず,病棟の繁忙度を安全性とともに十分に総合的に考慮した導入が求められていることを示しているのではないだろうか.
大規模な看護ビックデータの解析として,単純ではあってもグラフによる可視化について実際の例を用いて,それが従来漠然としていた病棟管理におけるデータ把握を,容易に行えるようにできた点で,いかに有用で重要かを示した.看護ビックデータという文字どおり数がきわめて多いデータにおいては,まずさまざまなプロットによるグラフなどで可視化することで,何が起きているかを把握することが肝要である.特に,単純な折れ線や棒グラフだけでなく,より多様な比較可視化を行うことがまず鍵となることが確認された.可視化のあとは,そこで見つけた差異などを統計的にさらに詳細に検討していくこととなる.
今後の研究や取り組みの方向性としては,さらにより詳細な,たとえば発呼への応答時間や訪室有無を含めたナースコールデータの解析,加えて,ナースコールデータと看護必要度,DPC(Diagnosis Procedure Combination),診療録などの情報の統合・突合で解析を深化させることが重要となるであろう.
参考文献
1)Tzeng HM, Yin CY. Relationship between call light use and response time and inpatient falls in acute care settings. J Clin Nurs 18:3333-3341, 2009.
2)川内花容理,〓美佐枝,宇野由記,他.患者ケアの充実をはかるために,ナースコールデータをもとに看護介入した結果と効果.日医療情報会看会論集 13:224-227,2012.
3)池川充洋,大島 暁,大平雅雄,他.ナースコール/センサ呼出の診療科別比較.医療の質・安全会誌13:383-390,2018.
4)Mori T, Noguchi H, Miyahara M, et al. Nurse Call as a Sensor of Ward Status Reflecting Both Nurses’ and Patients’ Behavior. Health Informatics-Information Technologies for Healthcare Delivery and Management. 39th Annual International Conference of the IEEE Engineering in Medicine and Biology Society(IEEE EMBC’17), 2017.
5)森 武俊,野口博史,宮原真紀,他.ナースコール利用履歴ログデータのコール数・センサーコール数の病棟間比較.LIFE2017講演要旨集 23:120-121,2017.
6)Miyahara M, Mori T, Noguchi H, et al. More Nurse Calls May Affect More Patient Fall Incidence. The 21st East Asian Forum of Nursing Scholars & 11th International Nursing Conferences EI-B-148, 2018.
7)森 武俊,野口博史,宮原真紀,他.大規模ナースコールログデータのコール数・種別の病棟間比較と経年増加要因.第20回日本医療情報学会看護学術大会論文集 20:91,2019.
8)宮原真紀,野口博史,森 武俊,他.日勤帯・夜勤帯の違いに着目したナースコール利用履歴ログデータの分析方法の検討.日本医療情報学会看護学術大会論文集18:115-116,2017.
7章 ナースコールデータの調査と解析の報告2~ナースコール履歴データからみえる,ナースコール発生の特徴とその活用法~
7章 ナースコールデータの調査と解析の報告2 ~ナースコール履歴データからみえる,ナースコール発生の特徴とその活用法~
著者
福重春菜1 石井豊恵1
所属
- 神戸大学大学院保健学研究科
要旨
はじめに近年,ナースコール履歴データが入手可能となった.ナースコール履歴データとは,ナースコールが発報されるたびに発報時間,発報場所(病棟,病室,ベッド番号など),患者情報(安静度や救護度など)などの情報が自動的に蓄積されたものである.またその場合のナースコールには,ナースコールボタンが押された場合のほかにも,連動しているほかの機器(離床センサや心電図など)から発せられるアラームも含まれている.つまり,ナースコール履歴データには,何年間もの“発報されたすべてのナースコールに関する情報”が記録されている.このことが,ナースコール履歴データの大きな強みであり,期待が寄せられている点である.なぜなら,これまではこれらの情報を記録するには,看護師がナースコール対応を行うたびに記録をとるか,タイムスタディ研究を行い調査員が記録をとる必要があり,すべてのナースコールについて長期間記録を行うことは現実的に困難であったためである.そこで現在,ナースコール履歴データを入手した施設では,このデータを活用することで新たなデータに基づいた看護管理が可能になるのではと期待し,その活用方法が模索されている.
ただし,データが存在するだけでは活用するにはいたらない.なぜなら,ナースコール発生状況は日ごとや患者ごとに大きく異なるため全容を把握するのがむずかしいなど,ナースコール履歴データにはさまざまな難点が存在するためである.そこで本稿は,より多くの施設でナースコール履歴データを活用いただくことを目的とし,われわれが行った“難解な統計手法を用いずに行えるナースコール履歴データの活用方法”を1例として紹介する.
分析対象データ
分析対象データは,20病棟で構成されている病床数約1,000床のA大学附属病院で,2014年1月1日から2017年9月30日(1,369日間)に蓄積されたすべてのナースコール履歴とした.ただし,心電図から発せられたアラームについては,ナースコールと連動している病棟としていない病棟があったため,本研究の対象からは除外した.また,履歴データを蓄積できるナースコールシステムの導入が他病棟にくらべ遅かったため,分析対象期間を通してのデータが蓄積できていなかった2病棟と,病床数が少ないためデータ数が少なかった1病棟の計3病棟は分析対象から除外し,20病棟中17病棟を分析対象とした.最終的な対象データは5,814,209件であった.
なお,本研究は神戸大学大学院保健学研究科倫理委員会の承認を得て行った(承認番号第607号).
時間帯ごとの記述統計からみえるナースコール発報の特徴とその活用法 はじめに,データ分析の第1段階である記述統計を用いた活用例を示す.われわれが行った先行研究により,ナースコール発生には時間特性が存在することが明らかになっている1)2).そこでまずは時間帯ごとの記述統計結果からみえる,ナースコール発報の特徴とその活用方法を示す.
1.データ分析方法
病棟によりナースコール発生の特徴が異なる可能性があるため,分析は病棟ごとに行った.
またナースコール履歴データは,1秒単位で記録されている使用履歴データにすぎないため,分析前にデータを加工する必要がある.そこでまずはデータを病棟ごとに分割した.つぎに各時間帯で1日に何回のナースコールが発報されたか(発報数)を集計した.最後に,時間帯ごとの平均発報数を算出した.
2.結果
病棟別に,時間帯ごとの平均ナースコール発報数を示す(図1).
3.結果から読み取れる特徴
図1から,以下4点のナースコール発生の特徴が確認できた.
1点目は,ナースコール発報数は日中に多く夜間は少ないことである.さらに分析対象病院の点灯時刻は6時,消灯時刻21時であるが,ナースコール発生は点灯前の5時台には増加を始めること,また多くの病棟で消灯後でも21時台は依然多くのナースコールが発生していることが分かる.
2点目は,ほとんどの病棟で日勤開始時刻の直前と,日勤終了時刻の直後で最も発報数が多くなっていることである.分析対象病院の日勤帯の時間は図1内に黄色で示した.日勤時間帯の直前・直後で発報数が増加していることが視認できる(図1).先述のとおり,ナースコール発生は5時台から増加し21時台まで高い水準で推移する.すなわち5時台から21時台までが患者の活動時間であることが分かる.一方,患者の活動時間のなかでも5時台から日勤開始までと,日勤終了時から21時台の看護体制は夜勤体制である.つまり,患者の活動時間中であるにもかかわらず,看護体制は夜勤体制の場合,多数のナースコールを少数の看護師で対応していることが推察される.もしこの負荷が大きい場合は,早出勤務や遅出勤務の追加を検討されると有効かもしれない.
3点目は,多くの病棟で食事時間(8時,12時,18時)に発報数が増加していることである.食事の時間帯は,食事介助・口腔ケア・食前食後の内服などの理由で発報数が増加している可能性がある.これらの時間帯は,ナースコール対応業務に専念できる環境を整える必要性が高いと考える.
4点目は,総発報数が時間帯により変化する一方で,トイレからの発報数は1日を通して大きく変化しないことである.トイレから発報されるナースコールは,ほかのナースコールにくらべて一般的にその対応にかかる時間は長い.この点を考慮すると,発報数は日中にくらべ夜間のほうが少ないが,夜間のナースコール対応に関する業務量は回数ほど減少していない可能性がある.すなわち,発報数などの数字だけでは本来知りたい情報である業務量を推定することはできない.たとえば,整形外科病棟は全体の発報数に対するトイレからの発報数が占める割合が大きいことから,同じ発報数であってもほかの病棟よりナースコール対応にかかる時間が長い可能性がある.つまり,ナースコール履歴を用いて業務量を推定する場合には,回数だけではなく発報場所などの要素も考慮しデータを読み取る必要があると考える.
5点目は,精神科病棟はほかの病棟とナースコール発生の特徴が大きく異なるということである.その一因として,図1中の緑色で示される病棟入口から発生したナースコールがあげられる.これは患者や職員などが閉鎖病棟に出入棟する際に開錠のために鳴らすインターホンが,ナースコールとしてカウントされているものである.ほかの病棟と異なり食事時間でナースコール発生が減少しているのも,患者が食事のために病室に滞在するため出入棟しなくなることが影響している可能性がある.この病棟入口から発生されるナースコールは日中では病棟全体のナースコールの25%を占めており,精神科病棟の大きな特徴となっている.このように病棟の構造やナースコールに連動させる機器の違いによりナースコール発生の特徴は大きく影響を受ける.すなわち,より実態に即したデータを得るためには各施設で自施設のデータを用いることが望ましい.本稿がより多くの方に自施設のナースコール履歴データをご活用いただくことを目的としているのもこのためである.
以上のことから,各施設でこの手法を活用される際には,下記を留意すると実態に即したデータの解釈が可能になると考える.まず,病棟間には共通点がある一方で,それぞれ異なる特徴も存在するため,検証は病棟ごとに行うこと,発報数などの数字だけでなく発報場所などのナースコール対応にかかる時間に影響を与える可能性のある情報も併せて業務量を推定すること,そして各病棟でナースコールと連動させている機器を把握しデータを読み取ることである.ただし,いかに工夫を行ってもデータで示すことができる情報には限界がある.看護管理者には,できるだけ限界を少なくした多数のデータを入手することで,日々の業務の判断の参考としていただきたい.
またこのような記述統計の結果が示す特徴は,データで示さなくても病棟看護師にとっては既知のものかもしれない.しかしながら,業務調整や人員配置などの検討を行う際に,他病棟や他職種とナースコールの実態を共有するためには,このようにデータで示すことが有効と考える.また病棟内であっても,より効果的で効率的な看護管理を検討する際には,データを用いることで新たな視点を得られる可能性があると考える.
日ごとのヒストグラムからみえるナースコール発報の特徴とその活用法
つぎに,日ごとのヒストグラムからみえるナースコール発報の特徴とその活用方法を示す.ナースコール発生は日ごとにその実態が大きく異なる.そのため,ナースコール対応に関する業務量を推定することがむずかしい.そこで,ヒストグラムを活用しナースコール発生の実態は日ごとでどれほど異なるのか,また最も可能性が高いナースコール発生状況はどのようなものか,ナースコール発生が多い日は全体のうちどれほどの割合なのかなど,確率的に実態を把握することが有効であると考える.そこで本節では,ヒストグラムから読み取れるナースコール発報の特徴とその活用方法を示す.
1.データ分析方法
前節と同様に,病棟によりナースコール発生の特徴が異なる可能性があるため,分析は病棟ごとに行った.
また,1人の患者が50回発報する場合と,50人の患者が1回ずつ発報する場合ではナースコール発生の実態は異なる.より実態に即したナースコール発生状況を可視化するため,分析は発報数だけでなく,発報人数(何人の患者がナースコールを発生させたか)の視点でも行った.ただし,本研究が取り扱ったナースコール履歴データには個人を特定する情報(患者IDなど)は含まれなかったため,個人を特定することができない.そのため,1ベッドからの発報を1人の患者によるものとした.つまり,患者の入れ替わりは考慮していない.
データは前節で各時間帯の平均値を求めたものと同一のデータを用い,本節ではヒストグラムを作成した.
なお本稿では紙幅の関係上,最もナースコールの多い脳神経外科病棟を代表例として示す.また同様に時間帯についても,特徴的な6つの時間帯(1時台,8時台,9時台,12時台,18時台,22時台)を代表例として示す.
2.結果
時間帯ごとの1日あたりの発報数と発報人数のヒストグラムを示す(図2).
・結果から読み取れる特徴
図2から,以下2点のナースコール発生の特徴が確認できた.
1点目は,どの時間帯のヒストグラムの形状も右側の減衰が緩やかなこと(右の裾が重いこと)である.このことは,「ほかの日よりも非常に頻回にナースコールが発生した日(以降,頻回なナースコール発生日)」は,まれではなく,ある程度の割合で存在したことを示している.たとえば,1時間に40回以上(1.5分に1回)ナースコールが発生した日の割合をみると,8時台では15.5%(約1週間に1回以上)発生していたことがこの図から読み取れる.「頻回なナースコール発生日」は看護師が多くの時間をナースコール対応業務に割く必要がある.すなわち看護管理者は,このような「頻回なナースコール発生日」を想定し,この発生状況に応じることのできる看護体制を整える必要があることを示している.
2点目は,時間帯ごとにヒストグラムの形状が異なることである.具体的には相対的に夜間の分布の形状は幅が狭く高さがある一方,日中の分布の形状は幅が広く高さが低いことである.この特徴は,上記の「頻回なナースコール発生日」の発生確率が時間帯によって異なること,つまり相対的に夜間の発生確率は低く日中の発生確率が高いことを示している.たとえば,この病棟の1時台では,40回以上(1.5分に1回)ナースコールが発生した日の割合は1.6%であり,8時台の15.5%にくらべて低い.つまり「頻回なナースコール」は日中に発生しやすいことが分かる.加えて,この特徴は発報数の予測のしやすさにも関連する.たとえば1時台では,大多数の日の発報数は10回前後であること,多くても40回の発報数に対応できる体制を整えると98.4%の日は想定内として対応できることが分かる.一方8時台では,発報数が10回の日と40回の日は同じぐらいの確率で発生するため発報数を予測しがたい.また,40回の発報数に対応できる体制を整えても全体の15.5%(約1週間に1回以上)の日は想定外の状況となる.このような時間帯では,発報数を予測するのではなく,看護師配置人数を多く設定するなど,いつ「頻回なナースコール発生日」になっても臨機応変に対応できる体制を整えることが有効である.ただし,注意が必要なのは1時台でも60回以上発生した日が0.2%存在していることである.1時台は10回程度の発報数を想定しており,「頻回なナースコール」への耐性は低いと考えられる.つまり1時台は,「頻回なナースコール」の発生確率は低いが発生したときのリスクは大きい.そのため,発報数を予測するだけでなく,ほかの病棟と応援体制を組むなどのまれな事象への対策も併せてとる必要があると考える.
これら2点の特徴が示すように,ナースコール発生状況はたとえ同じ時間帯であっても日ごとで大きく異なる.つまり,ナースコールに関する考察を行うときは,日ごとでどれだけどのように異なるかを確率的に考えることが重要である.各グラフの欄外右上に書かれた平均値をご確認いただきたい.発報数が平均値と同じであった日は全体のうちわずかであることが分かる.そのほかの日がどのような発生状況であったかは平均値だけでは分からない.平均値などの数値が比較的容易に取得できるようになった今だからこそ,平均値など1つの数値だけで業務量を推定するのではなくヒストグラムなどにより全容を把握することの重要性を主張したい.
また実際に各施設でヒストグラムを活用する場合は,看護師配置数も考慮することが重要であると考える.この病棟の夜勤の看護師配置数は5人,日勤の看護師配置数は12人である.看護師配置数と看護師1人あたりの業務量との関係を示すため,ヒストグラムの形状が似ている3つの時間帯(8時台,9時台,12時台)の発報数と発報人数を各看護師配置数で割ったものを示す(図3).
9時台のグラフ(図3)が示すように,看護師配置人数が多い場合はたとえ「頻回なナースコール」が発生したとしても1人の看護師への影響は小さい.また12時台のグラフ(図3)が示すように,同じ日勤帯であっても看護師の休憩時間のためナースコール対応を行う看護師が半減した場合は,「頻回なナースコール」が発生した場合の1人の看護師への影響は大きくなる.これらのことから,各施設でヒストグラムを活用する場合は,各病棟の看護師配置数を考慮すること,さらに看護師の休憩時間を考慮し実際にナースコール対応を行う看護師数を考慮することを留意されると,より実態に即したデータが得られると考える.
発報数の多い患者に着目した集計結果からみえるナースコール発報の特徴とその活用例
最後に,発報数の多い患者に着目した集計結果からみえるナースコール発報の特徴とその活用方法を示す.ナースコール発報数は患者により大きく異なり,一部の患者の発報数は非常に多いことが分かっている.また,臨床現場においても一部の発報数の多い患者が病棟に与える影響は大きく,そのような患者への対応方法は看護管理上重要な課題である.以上のことから,本節では発報数の多い患者への対応方法の検討を目指し,発報数の多い患者に関するナースコール発生の特徴とその活用方法を示す.
1.1日に300回以上ナースコールを発報した患者について
第1に,発報数の多い患者への対策の必要性が高い病棟を知ることを目的に,病棟ごとに発報数の多い患者が何人入院したか,またそれは病院全体の何%に相当するかを示す.なお,ここでは約5分に1回の頻度で発報する患者,すなわち1日300回以上ナースコールを発報した患者を発報数の多い患者と定義した.また先述のとおり本研究が取り扱ったナースコール履歴には個人を特定する情報(患者IDなど)は含まれなかったため,患者の入れ替わりは考慮せず1ベッドからの発報を1人の患者によるものとした.
1)データ分析方法
各患者の1日あたりのナースコール発報数を算出し,発報数の多い患者を抽出した.つぎにそれらの患者が何人いたかを病棟ごとに集計した.
2)結果
病棟ごとの集計結果を示す(表).
3)結果から読み取れる特徴
研究対象期間の1,369日間の間に,1日300回以上ナースコールを発報した患者は病院全体で146人存在し,そのうち35人(24.0%)が脳神経外科病棟に,31人(21.2%)が精神科病棟に,25人(17.1%)が循環器内科病棟に入院していたことが分かった.すなわち,これら3病棟では発報数の多い患者が入院する可能性が高いため,そのような患者が入院してきた場合の対策を事前に検討する必要性が高いことが示された. 池川らは3),1日50回以上のナースコール呼出患者発生率を調査し,神経内科,脳神経外科,心臓血管外科が上位3科であることを報告している.本研究の結果と併せても,脳神経疾患や循環器疾患の病棟では発報数の多い患者が入院する可能性が高いことが推察された.
2.発報数の多い上位数名の発報数が,病棟全体の発報数に占める割合について
第2に,発報数の多い患者への対応を行うことで,病棟全体の何%のナースコールに対応したことになるのかを示す.先述のとおり,1人の患者が50回発報する場合と,50人の患者が1回ずつ発報する場合ではナースコール発生の実態は異なるため有効な対策が異なる.具体的に述べると,もし5人の患者からのコールが病棟全体のナースコールの大半を占めている場合,5人の患者に焦点を絞った対策(5人をナースステーション近くに入床させる,5人の患者の担当看護師は重ならないようにするなど)が有効となる.一方,5人の患者からのコールが病棟全体のナースコールに占める割合が低い場合は,多くの患者が数回ずつナースコールを発報していることになるため,均一に発報されるナースコールに対応できる体制をとることが有効となる.以上のことから,ナースコールに対応する有効な体制を目指し,発報数の多い患者の発報数が病棟全体のナースコールに占める割合を示す.
1)データ分析方法
まず,日ごとに発報数の多い上位10位までの患者を特定した.つぎに,発報数の多い上位1人,上位5人,上位10人の患者が発報した患者の合計がその日の病棟全体のナースコール数に占める割合を日ごとに算出した.最後に,データ対象期間(1,369日)を通しての平均値を算出した.
2)結果
発報数の多い上位1人,上位5人,上位10人が病棟全体のナースコール数に占める平均割合を示す(図4).
3)結果から読み取れる特徴
すべての病棟において,発報数の多い上位5人の患者の発報数が病棟全体の半数以上を占めていた.ただし,その割合は54.9%から83.6%と病棟により大きく異なった.この結果から,発報数の多い患者による発報数が占める割合の高い(図4の下方に位置する)病棟では,発報数の多い患者の「病室の位置」や「受け持ち看護師」を工夫することが有効であると考えられた.一方,発報数の多い患者による発報数が占める割合の低い(図4の上方に位置する)病棟では,発報数の多い患者に焦点を絞った対策の有効性は劣る.そのため,一部の患者に焦点を絞るのではなく,均一に発報されるナースコールに対応できる体制をとることが有効であると考えられた.
また,図4で示された特徴的な病棟は,表で示されたものとは異なった.このことは病棟全体の総発報数が異なることも影響している.以上のことから,ナースコール発報の実態を推察するには1つの視点ではなく複数の視点から考察することが重要であると考える.
ナースコール履歴データの限界
本稿ではナースコール履歴データの活用例を示した.ただし,ナースコール履歴データは研究目的に取得したものでなく,あくまでも使用履歴に過ぎないため,さまざまな限界が存在する.ナースコール履歴データを活用する際には算出された結果だけでなく,どのような情報がナースコール履歴データでは示せていないのかを念頭に置くことで,より正しくナースコール発生の実態を理解することができると考える.そこで本節では3点のナースコール履歴データの限界を示す.
1点目は,ナースコール履歴データは使用履歴であるため,1度もナースコールを使用していない患者の記録が存在しないことである.そのため,ナースコールが発生しなかった病床が空床なのか,もしくは1度もナースコールを使用していない患者が入床していたのかの違いを知ることができない.
2点目は,患者がナースコールを発報した理由が分からないことである.発報理由はナースコールへの対応方法を検討するうえで重要な情報である.そのため対応方法を検討する際には,本稿で示したように食事時間で上昇しているので食事関連のナースコールであると推定するなど,そのほかの情報と組み合わせて結果を読み取る必要がある. 3点目は,ナースコール対応に要した時間が分からないことである.対応に要した時間は業務量を推定するために必要である.そのため,本稿で示したようにトイレから発報されたナースコールへの対応は比較的時間を要するなど,そのほかの情報を加えて結果を読み取る必要がある.
上記の限界を把握したうえでデータの解釈を行うことで,より実態に即したデータ解釈が実現すると考える.またここで示した限界は,病棟看護師と協働することで解決できる可能性がある.たとえば2点目にあげたナースコール発報理由が分からないことについては,病棟看護師はなぜその時間帯に患者がナースコールを押すかを経験的に知っている可能性が高い.実際われわれがデータについて病棟看護師に尋ねると,実に詳細で予想外な事実を教えてもらうことが多い.また,実態を示すだけで病棟看護師は対応策を導くことができる可能性も高い.さらには同じデータを異なる病棟に示した場合,その対応策は病棟により異なる可能性もある.これらのことから,データ活用にはデータ元である施設の病棟看護師や看護管理者の知見が不可欠であると考える.臨床の経験的知見とデータ分析やデータ解釈の技術を併せ,ナースコール履歴データの限界を最小限にすることで,最終的な目的である臨床での看護ケアの質向上に役立つ結果が導き出せると考える.
まとめ
本稿の目的は,活用方法を共有することで自施設のナースコール履歴を活用いただくことである.本稿で示した結果は1つの大学病院におけるものであり,病院の規模や機能によりナースコール発生の特徴は異なる可能性がある.そのため,自施設のデータから算出された,より実態に即したデータを日々の看護実践に活用いただくことが理想的であると考える.またその際にはデータ解釈が偏らないために,ここで示した「データを解釈するうえで考えられる留意点」を活用いただければ幸いである. 本稿では各施設で気軽にナースコール履歴データを活用いただくため,難解な統計手法は用いていない.しかし大量のデータを取り扱う際には,データ容量の問題で一般的に用いられている総計ソフトは使用できず,プログラミングなどのデータ分析技術を必要とする.そのため院内でそのような技術をもつ職種と連携する必要がある.また院内にそのような人材がいない場合や,そのほかの活用したいデータがある場合はぜひわれわれのような研究者にお声がけいただきたい. 今回は自施設でのデータ活用について記載した.ナースコール発生における規則性や発報数の多い患者の特徴などについて,施設間で共通する一般化可能な結果を得るためには複数施設にわたるデータ分析が必要である.また先述のとおり,ナースコール履歴データには複数の限界が存在する.それらの限界によるデータ解釈の制限については,電子カルテデータなどほかのデータセットと結合することである程度解決することができると考える.このように研究対象施設を増やす,ほかのデータセットとナースコール履歴データを結合させるなどにより,ナースコール発生の実態を明らかにし,ナースコール発生を予測可能なものとしていきたいと考えている.ナースコールが予測できることで,より効果的なナースコール対応と,不測のナースコールに応じる看護師の負担軽減が図れると考える. ナースコール履歴データはその1つ1つが病棟看護師の看護実践の足跡が記録されたものである.日々の足跡が大量に蓄積されることで看護実践の全容が浮かび上がってくるとは,実に看護らしい可視化の方法であると日々実感している.より臨床で活用いただけるデータを導けるよう,既存データの活用方法を模索していきたい.
文献
1)Fukushige H, Ishii A, Inoue Y, et al. Identifying periodicity in nurse call occurrence: Analysing nurse call logs to obtain information for data-based nursing management. J Nurs Manag 29:1199-1206, 2021.
2)福重春菜,井上文彰,石井豊恵,他.大量情報を用いたナースコール発報数の周期性検証.第23回日本医療情報学会学術大会プラグラム・抄録集164-165,2019.
3)池川充洋,大島 暁,大平雅雄.ナースコール/センサ呼出頻度の診療科別比較.医療の質・安全会誌13:383-390,2018.
8章 看護ビッグデータ利活用例1~業務改善に向けた看護動線データ活用例~
8章 看護ビッグデータ利活用例1 ~業務改善に向けた看護動線データ活用例~
著者
池川 充洋1
所属
- 株式会社ケアコム
要旨
はじめに看護におけるデータ活用にはどのような取り組みが存在するだろうか.代表的なのは,インシデント減少を促すために患者状態を可視化して活用するケース,業務改善に向け看護業務を可視化するケースなどがあげられよう.入院期間の短縮,複数の記録作成,個人情報保護の強化,安全管理の強化など,従前にくらべると短時間内で複数の業務をこなさなければならない状況において,改善に向けたデータ活用は必須の取り組みと考えられる.
当報告では,筆者の研究対象である業務改善に向けた看護動線データ活用例を初めに述べ,5病院におけるデータ活用事例を取り上げる.
看護動線データ活用
15病院,36病棟,延べ4,453人の看護師の協力を得て,位置検知システムにより得られた位置検知データを用い,看護業務における活動動線,滞在場所,滞在時間,各時間の割合に着目し,関連を確認した.その結果,看護師の病室訪問時の平均滞在時間の増加,および廊下+病室における滞在時間の増加が動線短縮に有効であることが示唆された.
表1は動線の計測結果である.調査病棟における看護師の1日あたり平均移動距離は4,735m(標準偏差1,677m),1時間平均移動距離は491m(標準偏差161m)であった.病棟勤務時間内における平均移動時間割合は21.2%であり,病棟従事時間内において20%をこえる時間を移動に費やしていることとなる.こうした情報が可視化可能であり以下の解釈を得ることができる.
図1は位置検知情報から得られた解釈の結果である.廊下滞在時間割合,病室+廊下滞在時間割合,スタッフステーション(SS)滞在時間割合とは病棟勤務時間内におけるそれぞれの場所における滞在割合である.病室訪室時平均滞在時間の増加が移動距離および訪問回数の減少に結びつく可能性を示している.これは,1回あたりの訪問時間増加が,患者状態,ニーズを把握する時間の増加につながり,先手のケア実践の準備を進め,効率化が図られたことで移動距離の短縮や,繰り返しの訪問の減少につながったと解釈できる.また廊下,および病室+廊下滞在時間の増加が移動距離および訪室回数の減少を促す可能性,併せて病室訪室時の平均滞在時間が増加する可能性を示した.これ
位置検知システムは現在患者の離棟,離院予防のための活用,新生児連れ去り防止,医療機器稼働管理,手指衛生モニタリングなどに活用されている.若干のシステム活用範囲拡大によりここでみた情報化,解釈,改善着眼点の抽出は可能であり是非検討したい.
事例
1.多職種連携~外来経過サマリーの活用~
福岡大学病院は「社会のニーズに応える患者中心の医療の提供,あたたかい医療」を基本理念として掲げる高度急性期の地域中核病院である.そのなかで中川朋子看護部長(2021年7月時点)は看護部の理念「人間性豊かな患者中心の看護を実践する-誠実・責任・創造-」の下,理念を具現化するために「人が育つ」組織創りに取り組んでいる.さらに副病院長として看護部のみならずコメディカルを巻き込んだチーム医療の推進に力を入れており,患者中心の医療実践に向けた看護の役割として,看護そのものを提供するプロバイダーとしての機能,患者中心の視点で多職種連携をコーディネートする機能,各部門に配置された看護管理者による部門間業務をよりスムーズに遂行するマネジメント機能をあげている.
今回取り上げる事例は患者中心の医療実践に向けた外来および入退院支援センター・周術期管理センターにおける多職種情報連携の取り組みである.2016年6月,手術を受ける患者の心身の状態を整え,安心・安全で質の高い手術医療を提供することを目的とし周術期管理センターが設立された.取り組みの効果として,手術中止症例の減少,全診療科における在院日数の短縮などを報告している1).そのなかでは問題点として,多職種による患者情報を共有するシステムやツールがなく,外来・入院を通した患者ケアプロセスの確立ができていなかったことを指摘している.そこで電子カルテ上の「外来経過サマリー」を情報共有システムとして活用し,多職種による追加記載の推進を図った結果,記載率は91%となり,入院後の病棟主治医,看護師の情報収集や退院支援の検討にも活用される効果を認めた.さらに2018年の病院機能評価受審では多職種連携項目においてSランクと評価された.ここに実際の外来経過サマリーを示しどのような情報を多職種間にて共有しているか確認したい.図2に外来経過サマリーの抜粋例を示す.Aの枠内は同一患者に対しセラピストが外来経過サマリーを受け翌日展開した計画例であり,Bの枠内は認知症ケアチームのラウンドに展開された記録例である.
管理栄養士の記録として咀嚼嚥下にて3食しっかり摂れる,栄養指導の必要性などの記載があり,退院時における退院前食生活を前提としたゴールが示されている.看護師によるADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)評価では,足が上がらずすり足,動きもゆっくり,自宅の階段は休みながら4階まで昇降可能と記し,今以上のADL低下が生活に支障が出るリスクを示している.当情報に対しセラピストは基本動作を,起居動作→ギャッジ使用し中等度介助,座位保持→見守り,起立動作→軽介助,立位保持→見守り,歩行:非実施と示し,訓練内容として,術後身体機能評価,呼吸指導,基本動作訓練に展開している.また退院困難要因として,生活指導,栄養指導,排便コントロールの必要性が記載され,退院後の生活変化,特に排便コントロールに対する指導の必要性が示され,入院期間中の患者,家族に対するオリエンテーションの必要性を示している.認知症ケアチームも外来経過サマリー情報を受け,術後譫妄予防をセラピストほかとの協力にて活動展開に結びつけている.多職種によるチームとしての支援を外来でのしっかりしたアセスメントから支えていこうとした取り組みといえる.
2021年10月には全診療科を対象とし,外来でQOL(Quality of Life)を着眼点とした多職種によるアセスメントの実施,入院への連携を進めていくことが計画されており,展開後の効果,評価についても期待される.
施設間情報連携が地域包括ケアシステムにおいて重視されている.入院前,退院後の情報を生活視点での患者に対する支援を図るためには重要である.しかしながら多職種の介入目標,介入結果について職種間連携を含めた取り組みは不十分なことが多い.各部門システムに展開された情報を一元的に集約し活用可能な状態とし,共通目標として認識することが患者中心のチーム医療の実践のスタートとなる.当事例は外来という患者にとって入口ともいうべきタイミングからの多職種連携のスタートに取り組んだものであり,退院後にも受け継がれる大切な情報となる.それぞれの施設において外来からの情報統合状況,入院への引継ぎ,入院時における補完への活用,退院時の再統合などを見直す際,当事例が参考となれば幸いである.
2.MACT(Monitor Alarm Control Team)~心電図モニタアラーム関連事故ゼロ~
さいたま市民医療センター(以下,市民医療センター)は埼玉県さいたま市に位置する高度急性期の地域中核病院である.基本理念は「市民の健康と生命を守るため,地域医療連携の中心的な役割を果たし,安全で良質,かつ高い倫理観を備えたチーム医療の提供に努めます.」とあり,特にそのなかでの安全で良質な医療の提供に対する取り組みをここでは紹介したい.
MACTとはモニタリングシステムが発するアラームを適正にコントロールすることを目的としたチームの名称である.すでにその活動,導出効果については多くの報告がある.看護部門からは大幅にアラーム数の減少を促した成果が報告され2)3),看護部門,臨床工学部門,医師の共著による,チームとしてモニタ適正設定に介入しモニタ装着・離脱基準の定義,MACT介入活動前後の効果比較について報告4)5)しており,多職種連携の取り組み成果であることが分かる.
今回は取り組みのきっかけや基準作りの経緯,運用展開における工夫,運用後の効果測定と継続した改善取り組みなどの情報活用例を時間軸に沿って紹介したい.
1)取り組みのきっかけ
開院後5年で4件のアラーム関連アクシデント事例が報告され,1日の平均アラーム件数が1,263件と鳴り続けるアラームに対応不能となっていたことが大きな原因であると特定し,MACTを新規組成しアラーム数の減少に取り組んだ.目標設定は1日平均200件としたが,先行研究に適切な目標値設定に関する文献が見つからず,プラントや発電所など安全管理がきわめて重要な産業界で使用されている尺度を参考とした.
2)基準作りの経緯
MACTは内科医師・看護師・臨床工学技士・医療安全管理室・理学療法士・経営企画課・臨床検査技師をメンバーとした職種横断的な組織構成である.アサーティブ・コミュニケーションを採用し,お互いの意見を尊重して否定しないことを前提とした議論を実施.それぞれの専門的立場からより安全な運用のための考えを集約し,つぎにあげる6項目の介入可能な項目に絞り込んだ.
①アラーム初期値設定の変更
意志決定にかかわるリスクの高いアラームが際立つように初期設定を変更(図3:日本光電の例).
②生体情報モニタ装着・離脱基準設定
明確な装着基準(図4)と離脱基準(図5)の設定.
③マルチスレーブモニタ導入
病棟内どこでも廊下に設置されたセントラルモニタの画像情報を確認できるマルチスレーブモニタの導入.
④病棟ラウンドの実施
MACT医師・MACT副委員長(看護師・臨床工学技士)・リンクスタッフ3名によるラウンドを毎週実施.
⑤「心電図教えてノート」の運用
スタッフが判断できなかった波形を所定の用紙に添付しておくと,MACTメンバーが回答して添付し直す「心電図教えてノート」を運用.
⑥スタッフ教育の実施
看護師向けのスタッフ教育として年2回の院内研修と年2回の新人看護師研修を実施.
このなかで,①および②については過去のインシデントを考察し基準値設定を行っている.通常,医師の指示に基づき設定する際の妥当性検討,設定後の見直しが行われるケースは少なく統一的基準化はむずかしいと考えられる.MACTは多職種がアサーティブを前提とした情報解釈を相互に確認し合うことにより基準作りが実現され,さらにはエビデンスに基づいた教育プログラムの継続実施により適切な設定運用にも結びついたと推察される.
3)運用展開における工夫
MACT介入前の状態に対し,アラームの内容を分析したところ,アラーム設定が厳しすぎることが判明した.これは,アラーム設定に関する明確な規定が院内に存在せず,医師や看護師がそれぞれの経験によって設定していることが大きく関係していると考えられた.そこでMACTが厳しすぎるアラーム設定を見直し,危機的アラームを優先する設定とした.こうした取り組みも多職種参加のチーム組成,アサーティブ・コミュニケーションが有効に機能し,専門的立場からの情報解釈に統一をみることができた成果である.結果,運用に移行しても各部門の連携がすでに図られており院内および病棟の理解は得やすい.
4)運用後の効果測定と継続した改善への取り組み
介入時対象病棟におけるアラーム数は介入前の4月では1ヵ月の1日平均が1,263.4件であったが,18ヵ月後に平均264.1件,38ヵ月後には平均149.2件と減少した(図6).その後,入院患者状態の変化に伴いモニタ利用台数の増加が顕著であるが目標とした1日200件前後の件数は維持されると同時に,モニタ1台あたりのアラーム回数は減少傾向にありMACT活動の定着,浸透が継続しているといえる.先行研究では無呼吸(apnea)はその95%以上が偽アラームであるとの報告があり,市民医療センターにおいても臨床上無呼吸を反映して治療介入する事例はなく,MACTではこれを不要と判断してアラーム設定をOFFとした.SpO2ほかの設定項目も同様に先行研究に照らし合わせ市民医療センターのデータの検証を実施し初期設定を決定した.こうした結果が大幅にアラーム数を減少させた直接的な理由だが,併せてアラームの減少により患者の異常の発見が遅れるといったデメリットは1件も発生していないという.現在でもMACTは院長直下の組織として横断的に活動を継続している.中心的役割を果たしてきた冨田師長は多職種間における情報の非対称性が生むパターナリズムが課題でありアサーティブを前提とすることが解消に向かうと言及している.
看護業務中断の原因として,今回の事例にあるモニタからのアラーム,ナースコール,人為的中断(看護師ほか,医療従事者から呼び止められる,患者や家族から呼び止められる)などがあげられる.そのうちモニタからのアラームやナースコールは頻回に発生することによって対応の遅れや不十分な対応が心配される.適正な発生数の設定はむずかしいが,市民医療センターではプラントや発電所など安全管理がきわめて重要な産業界で使用されている尺度を参考とした.看護,あるいは医療の領域に限定せず情報探索する姿勢は参考とすべきである.安全管理に対する研究者との共同での取り組みも有効だと考えられる.
3.セラピスト連携
群馬大学医学部附属病院(以下,群大病院)は群馬県前橋市に位置する,地域において高度な医療を提供する特定機能病院である.基本理念は「大学病院としての使命を全うし,国民の健康と生活を守る.」とあり,その理念の下,基本方針の初めに,「安全・納得・信頼の医療を提供する.」と表記され,「十分な説明を行い,安全でかつ納得のいく治療法を皆さんと共に選択し,信頼の得られるチーム医療を提供します.」とチーム医療の重要性を示している.その目的に照らし合わせ群大病院ではシステム統合センターが中心となり,多職種からの要請に基づき病院情報システムに集積されたデータ解釈からチーム医療の促進を進めている.そうした取り組みのなかからここではセラピストの情報に注目したデータ活用例を取り上げたい.
リハビリテーションによって達成される看護目標として,「患者の日常生活に復帰できる運動能力の回復」があげられる.目標として設定される運動能力は患者の支援者の存在,生活環境によって異なるため,患者ごとに適切な運動強度の達成を行う必要がある.しかしながら高度急性期の病棟においては,術後の入院生活については運動よりも安静が概念の優位にある.手術を行う例でのADL(Activities of Daily Living)低下は明らかであるが,侵襲が比較的少ないとされる腹腔鏡手術やロボット手術においてもADLの顕著な低下をもたらす事例も把握されており,患者のADL低下について,強い相関をもつパラメータを探索すると同時に,より個人差に踏み込んだ評価が必要である.またADL低下の度合いに応じてこれを補償するような適切な介入プログラムの策定が求められる.また,転倒転落リスクの観点から歩行を伴う移動が制限される場合が存在する.一例として上半身は運動でき,起床などの動作は可能であるにもかかわらず「動かないほうがよい」という制限がかかるといったことである.その結果,療養生活中に十分な運動量が確保できていないのではないかとの仮説を立てた.この仮説に基づき,リハビリテーション室での器具を用いたリハビリテーション以外に,上半身の可動域の増加のための日常所作(ベッドでの起床や着座など)を行うことで,病床滞在時間全体を通じて身体運動を増加させ,それによってADLの効果的な改善を進めることができるのではないかと考察した.そこでまず過去の診療結果より,積極的な介入が診療プログラムに組み込まれている疾患/治療群と,組み込まれていない疾患/治療群に分け,介入リハビリテーションが退院時のADLの改善に違いをもたらすかを調査した.同院リハビリテーション部の長谷川信理学療法士は急性期における限られたリハビリテーション介入の効果を最大化するため,こうした情報の解釈から改善を促す必要である群,改善が進む可能性が高い有効な群の抽出をシステム統合センター鳥飼幸太特任病院長補佐と共同して実施した.さらにリハビリテーション部と看護部における情報共有における課題抽出から,業務改善に向けた不足情報補完のシステム化についても同時に検討し具体化を図った.
まず初めに集積情報の解釈について取り上げる.セラピストの介入群および非介入群におけるADL改善の差を抽出し,その差をさらなるセラピストの介入増,もしくは看護部ほかの他部門連携にて改善を進めるべきものに分けて検討が進んでいる.表2および表3は肝切除術を実施した310件のデータについて,重症度医療看護必要度B得点の評価を用い,セラピストの介入の有無による入院時と退院時における改善の差(表2),検定結果(表3)を示したものである.
表2から入院時最大値からの差分において介入効果を比較した結果では,1ポイント近い違いが認められた.解析全体を通じ,看護必要度のB得点が患者ADLの評価に有効であると示唆される.表3にみるように解析結果の解釈においては,入院時-退院時の差分値比較において全体および腹腔鏡下のみ群において有意差あり,腹腔鏡下のぞく群は有意差なしという結果だった.有意差なしとなった腹腔鏡下のぞく群はセラピスト介入割合が約83%でありほとんどの患者を対象としていた.有意差なしという結果は介入すべき対象患者にしっかり対応していることを示していると考えられる.有意差ありとなったセラピスト介入割合30.9%であった腹腔鏡下のみ群に対し,セラピスト介入もしくは他部門連携による介入の検討により改善を促すべきかどうかについては今後の検討となるが,保有データから介入効果を解釈するうえにおいて参考となるとの評価をまずは得ている.今後の検討として,身体能力の評価を病床周りでの活動について精緻化し,これまで運動として見なされていなかった行為についても,これを運動行為として評価することで,調査におけるADLの改善効果がより有意に分離できるのではないかと推測される.また,さまざまな病院で利用されている離床センサーについては,行動抑制につながる可能性があるため,リハビリテーションに対して負の効果をもたらす要因として評価に含めることも考えられる.こうした検証をほかの術式,診断名などに解釈の幅を拡げ改善を促す必要のある対象抽出を進めるとともに改善の方法をチーム医療の観点で進めていくこととなる.データの評価についてはさらなる検討が求められる.
つぎにリハビリテーション部と看護部における情報連携からの業務改善について取り上げる.病棟では,患者は種々の診療プロセスへの参加が要求される.そのため,入院患者はオンコール(都度呼び出し)の形式が組み合わされることが多く,オンコールの割合が高くなるにつれて,医療スタッフ自身が時間予約を取ることを諦めてしまう場合も多い.この状況では,リハビリテーションなどは,事前に開始時間が予定されていたとしても,MRIやPET/CT(Positron Emission Tomography/Computed Tomography)などの時間にタイトな診療プロセスが予定されている場合,予定の変更が求められるケースが多い.さらに,急性期病棟においては重症患者の割合が高いため,患者の容体の急変や悪化に伴ってリハビリスケジュールの変更が起きることも考慮しなくてはならない.このため,現在の病棟運用においてはリハビリテーションが計画どおり進まない場合が多い.その結果,リハビリテーション実施は診療プロセスの合間での実施が多くなるため,患者の位置,ステータスが共有されず,担当看護師が患者を探すケースも頻繁に発生している.こうした状況を改善するためリハビリテーション部に患者が入室した際,セラピストが患者入室,リハビリテーション実施,終了,離室といったステータスを入力し看護師が必要時に確認できる試験的ソフトウェアを開発した.このソフトウェアはナースコールに登録された入院患者の情報を一部利用するWebアプリケーションで構成され,院内で運用されているスマートフォンで操作する.セラピストが入力した情報は看護師保有スマートフォンにより図7に示すように確認が可能である.図8にあるようにスタッフステーションに設置されたナースコールの画面上にも展開され,スタッフステーションにおいてはスマートフォンを操作せずとも確認可能な仕様とした.
図7の左の画面はスマートフォン画面の青枠で囲った部分にステータスが表示された例である.中央は設定画面でありステータス登録をアイコン選択にて行う.右はステータスの選択肢であり,病棟ベッド,リハビリ室というロケーション,さらにOT(作業療法士),PT(理学療法士),ST(言語視覚士)といったセラピスト種別が選択可能となっている.
図8はナースコール待機画面上の患者情報表示部を示したものだが,右下青い丸で囲んだ部分にスマートフォンで確認可能な情報同様ロケーションおよび介入種別が把握可能なアイコンが表示されている. 院内における患者関与を必要とする医療プロセススケジュールやその介入行為の情報連携により,看護部門からは必要な際の患者の所在確認が可能となり,医療スタッフと患者のすれ違いや「患者を探す時間」が削減されるとともに,患者状態を把握できることで安心感の増加につながるとの声が聞かれた.それと同時にセラピストのほうも看護部門からの問い合わせの減少に伴うリハビリテーション中断の減少や,ステータス表示(特にナースコール画面)による他部門との情報共有に期待している.看護部門以外からの情報共有メリットのヒアリングは今後の計画となるが,医師,薬剤師など病棟にて患者接点をもつ職種においても,必要な医療行為を企図した際のすれ違いや患者を探す時間の削減につながるステータス把握機能を活用することにより,多忙をきわめる医療現場で多大な時間創出効果が得られると期待される.
群大病院ではこうしたオンデマンド情報共有の促進により変動要素が多い療養環境において,不十分になりがちな多職種情報連携の充実に積極的に取り組んでいる.患者を中心とした信頼の得られるチーム医療の具現化促進に向け,前半にみた集積情報の解釈,後半確認したオンデマンド情報共有などの仕組み構築がさらに計画されている.
転倒転落予防に対する多職種連携によるチーム化の必要性が指摘されている6)7).運動機能面からのセラピストによるアセスメント,さらには薬剤の影響を評価する薬剤師などの協力が必要となる.それぞれの部門において評価,集積された情報を共有,統合し,今回の事例でみたADL改善に結びつけるための解釈以外にも活用可能な範囲は広い.ただ群大病院におけるシステム統合センターのように積極的に情報統合を進め,多職種連携を支援可能な体制をもつ病院は多くはない.積極的にデータ活用に取り組みアウトカムを導出した事例は普遍化を図り展開すべきと考える.学会ほかにて専門化した取り組みだけではなく,医療,看護の枠をこえた横断的な取り組みが必要と考える.
4.位置検知データ活用による看護師病棟従事時間確保
札幌道都病院(以下,道都病院)は札幌市に位置する地域を支える総合病院である.基本理念として「地域に根ざした信頼される病院を目指します」を志向し,基本方針のなかに,「快適な療養環境の提供」をあげている.快適な療養環境は最適な設備整備といった面も重要なことではあるが,フロレンス・ナイチンゲールが示した『看護覚え書』8)にみるように,看護師が患者周辺の環境を把握し最適化に向けた取り組みの実践も重要である.そのため道都病院の矢嶋知己副院長(外科医)は病棟従事看護師の病棟外作業を見直すことにより,病棟外への移動を削減し,可能な限り患者の側で看護実践を行えるよう支援している.病棟従事看護師がなんらかの理由で病棟外に移動せざるをえない状況は,病棟内に残る看護師に対する業務負担の増加,さらには患者接点量の減少からリスクの増大に結びつく可能性があると認識し,これらの最小化を目指すものである.たとえば,多くの病院で実施されている各種委員会活動はその代表的な活動の1つだが,道都病院では廃止し必要な検討対象テーマはオンザジョブでの解決を前提とし,集合型検討の場をなくした.また集合教育も原則廃止しe-learningへの移行を進めている.従前は実施していたが24時間交代勤務で業務にあたる看護師はそもそも参加率が低かった.このような実態に照らし合わせ,集合型からオンデマンド学習型への変革を進めた.さらにオープンコミュニケーション実現に向けたインカム導入によりオンデマンド情報共有の促進,電子カルテ端末を各看護師に配備するなどの設備の充実にも取り組んでいる9).今回は看護師位置検知情報を活用した病棟外移動実態把握,さらには病棟外への移動削減に向けた取り組みを紹介する.道都病院ではRFID(Redio Frequency Identification)タグを全入院患者,病棟スタッフ,医療工学機器に装備しRFIDアンテナにて位置情報を取得し,リアルタイムでスタッフステーションに設置された大型モニタに表示している(図9).合わせて位置情報は集積され業務改善や安全管理強化に活用されている.すでに位置検知情報を活用した研究成果は行動予測手法に対して報告されている10).そのなかでは日々役割の変わる看護師の行動パターンをクラスタリングし行動特性を把握し予測可能性について示され,今後の展開として効率的でない業務行動,突発的な業務の頻度,ケースなどについても改善対象として取り組んでいくとしている.
2019年9月初旬の9日間の集積データ解析による位置検知システムのデータ解析から看護師が病棟から離れる理由として,薬剤部からの薬の取得,物品保管庫からのおむつの取得,検査室への患者移送の3点が大きいことが判明した.特に薬剤部への移動は,9日間の合計で52回,1日平均5.8回であった.
物品保管庫への移動はメッセンジャーの搬送スケジュールおよび配送対象品の見直しにより看護師が病棟から取得するための移動を削減した.検査室への患者移送は看護補助者にタスクシフトし看護師が伴わなければならないケースのみに絞りこみ減少を促した.
薬局への移動については複数部門がかかわることから原因特定からの取り組みとなった.道都病院では病棟への薬剤の定期搬送は平日が午前9時,11時,午後12時,15時,16時30分,土曜日が午前9時,午後12時と決められていた.しかしながら患者状態変化,救急搬送などの理由により医師からの処方指示は定期搬送タイミングに合わせた実施ができない場合が多い.こうしたルーチンの運用との齟齬による都度の薬剤取得のために看護師が移動していることが判明した.そこで矢島副院長は病棟従事看護師の病棟外移動削減を重視し,臨時の処方発生時は薬剤部の協力を得てメッセンジャーの搬送が不足であると判断された場合,薬剤部スタッフが搬送するよう変更した.結果,表4にみるように病棟従事看護師の薬剤部への移動は大幅に減少した.
病棟従事看護師の病棟外移動回数削減効果として,病院が病棟従事時間の増加,すなわち患者接点時間の増加に伴い期待していたインシデント減少については図10に示すように大幅に減少している.さらに図11にみるように病棟従事看護師の病棟外への移動に伴う業務負荷の偏り解消,また,患者との接点が増えたことによって看護師のモチベーションが向上し,結果として離職率が低下したことも当運用改善の1つの効果であることをあげている.
また,位置検知システム評価に対し院内アンケートを実施(回答率60%)した結果,当システムを利用し検索する対象は,看護師(96.6%),患者(44.3%),看護師長・主任(42%)の順であった.利用頻度は1日6回以上が31.1.%,1日3-5回利用が50.6%と高いものであった.導入前後の状況を聞いた質問では,以前の探し方は,「歩き回って」,「インカムで」,「人に尋ねて」,が大多数を占めていたが,位置検知システム利用後は「探す時間が減った」が64.8%と効果を実感している結果が得られた.リアルタイムで位置情報を把握しアクセス可能なシステムの効果を病棟看護師も認識し積極的に活用を進めている証である.
看護師の本来業務である患者を観察し先回りの看護実践を遂行するためにはまずは物理的時間の確保が必要である.言い換えるとそれを阻害する要因の改善に取り組むことが重要である.道都病院では複数の取り組みを実践し患者接点時間創出,患者満足度向上を実現し,看護師のモチベーションアップに結びつけている.矢島副院長は,さらに4W1Hの視点で看護業務改善を進めるとしている.すでにいつ,どこで,だれがといった3つのWは可視化された.残る何を,どのようにして,というWとHの可視化の検討が進んでいる.24時間患者を見守る看護師の業務改善を今後も収集情報を活用することで進めるよう計画している.
5.患者モニタリングシステムを急変,急死予防に活用した事例
奈良県立医科大学病院(以下,奈良医大病院)は奈良県橿原市に位置する高度医療を提供する特定機能病院である.ここでは医療安全推進室が取り組む患者モニタリングシステムの開発について取り上げる.医療安全推進室では回避可能な急変,急死の減少,すなわち予測可能な急変,急死の削減に向けた患者モニタリングシステムの開発を進めている.Helten Hogenらは,Clinical MonitoringがPreventable Deathの30%以上を防ぐことが可能であるとも報告し11),さらにRM Scheinらにより64例の院内心停止において心停止の8時間以内に84%で臨床的な異常の記載,新たな症状の訴えがあり,70%が呼吸状態と精神状態の変化,呼吸数の平均は29回/分であったことが報告されている12).また59例の院内心停止(Case control study)では,院内心停止の予測因子として呼吸数をあげており,27回/分カットオフすると,その予測は感度53%,特異度83%,Odds比5.56となっていたことが示され,血圧や脈拍数は予測因子ではなかったということが報告されている13).その予測因子をさらに大規模なデータで解析したものが,resuscitationにて報告されており,6,303人のデータ解析から呼吸数が上位2つを占める因子であったとの報告をしている14).奈良医大病院でも2012年に長時間手術の患者が術後病棟に戻ったあと,呼吸抑制により低酸素血症・心停止をきたす症例が立て続けに発生した.病棟スタッフの迅速,適切な対応で患者は何の後遺症もきたさず回復したが,あわや一大事というイベントも発生した.M&M(Morbidity & Mortality)カンファレンスが行われ,問題点や対策が議論され抽出された問題点として,術後患者のモニタリングの方法があげられた.それは,アラームを認識できない状況が発生する,というリスクであった.大病院で使っているモニタのアラームは,モニタ機器の本体およびスタッフステーションに配置されたセントラルモニタが発する.忙しい時間帯や夜勤帯などは,ベッドサイドやスタッフステーションにてアラームを認識するスタッフがいない状況は発生する.これではモニタリングしていることにならない.連続測定と連続モニタリングは異なるということである.このような状況を回避するため,「いつでも・どこでも」アラームを認知するシステムの必要性が議論された.そこで奈良医大病院では図12にみるように2013年から2017年にかけ第1世代として病棟看護師に携帯端末を配備しベッドサイドモニタからのSpO2(経皮的動脈血酸素飽和度),RR(Respiratory rate),脈拍などのアラーム情報が送信されるようにした.2017年からさらに呼吸アラーム情報だけでなくナースコールも1つのデバイスで受け,奈良医大独自のモデルSafetyNetNMUとして運用を開始した.
また第2世代までのシステム評価として病棟看護師にアンケートを実施し活用効果,改善点の収集を試みた.結果,ナースコール(モニタリングシステムアラーム含む)が鳴りすぎと感じる,アラームを患者ごとに変更したい,との意見,要望が確認された.そこでモニタリングシステムからのアラーム実態を確認したところ,図13にみるようにSpO2,Acoustic respiratory rate(RRa)の呼吸器関連で半数以上を占め,PR(Pulse rate)が30%となっていた.これらはスタッフに重要な情報を提供しているということを意味していると考えられ,病棟スタッフにこの結果をフィードバックし改善に向けた検討を促している.結果,アラームを患者ごとに変更したいという要望とも関連し,院内統一のアラーム設定を見える化しセントラルモニタの前に掲示する,変更は医師の指示の下行う,記録に残すことを条件とする,患者が退床したら,基本設定にリセットする,などの院内ルールの策定も進み運用改善に向けた情報活用に結びついた.
さらに第2世代にて利用していたPHSの画面サイズほかの制約から,モニタリング情報量不十分と認識されてきた課題解決のために,図14にみるスマートフォンを利用した第3世代(SafetyNet・MBT)への移行を2020年より進めている.第3世代では表示画面の大型化によって波形も表示できるようになり,迅速な対応が可能になった.その結果,ベッドサイド,スタッフステーションにて実際のモニタリングシステム本体の情報を確認することなく,アラーム情報に合わせ波形情報が確認可能となった15).病棟看護師に実施したアンケート結果において第2世代に対する要望には,アラーム種の増加,波形表示などがあげられ,前回アンケートにくらべ,リスクマネジメントとしての活用意見が多く,看護師の当システムへの活用意識の浸透,期待が示された.
2020年初頭から猛威を振るう新型コロナウイルス感染症の拡大により奈良医大病院も大きな負担が発生している.ICU(Intensive care unit)に専用区画を設け対応する必要から感染症以外の一般患者対応数が減少した.2020年の実績では,前年1,400件だったICU対応患者数が950人と32%減ったが,同時期の手術件数は23%の減であった.その差は本来ICUで対応する患者を一般病棟にて対応することを意味し,大きな人員増の実施がむずかしい状況下における負担増加が心配されたところだが,当モニタリングシステムの狙いである,「いつでも・どこでも」アラームを認知する,という機能を活用したことで対応することができたと評価されている.
院内の予期せぬ死亡や重大イベントを防ぐために開発されたシステムとしてスタートしたが,このシステムは終末期患者の看取りにも有用である.積極的な治療や蘇生を行わない患者が,気づいたときには亡くなっていたという事例が院内ではしばしば発生していた.1人の命が旅立つときには,たとえ看取りの患者であっても,家族・看護師・医師が側について見送るべきである.このような状況が起こるのは,やはり異常に即座に気づくことができないシステムに問題があると言える.SafetyNet・MBTの利用により,「いよいよ旅立たれる」といった状況を確実に認識し,家族・医師との連絡を可能とし,尊厳のある最期を迎えることができるようになる.
SafetyNet・MBTは,人が少ない状態でも異常に気づき,対応が可能であること,目の前の患者に集中できエラーを防ぐことが可能であること,患者に尊厳のある臨終を提供できること,を目指すシステムであり,活用を促進するための教育に力を入れ,スタッフに対する啓発を進めるとともに,図15に示すようにプロジェクト組織として取り組みを展開し,院内においては部門横断型組織運営,さらには企業を加えたコアメンバー会の組成により複数の視点からの検討が進んでいる.
SafetyNet・MBTというシステム構築を通して,多職種・多企業とチーム化を図り,患者に安全を,そして現場で働くスタッフに安心を提供できるよう,システム運用評価の収集を継続し,プロジェクトによる検討,改善の具体化促進を医療安全推進室ではさらに努めていくとしている.
また,地域への役割を果たすために在宅療養患者にも適用し,家での看取りや日帰り手術のモニタリングなどに応用していくことが検討されている.自宅療養中のコロナ患者に対するモニタリングとしても有用である.在宅連携したMBTモニタリングセンターのスタッフがアラームを察知すれば,地域の担当医師や看護師と連携し,必要に応じた訪問,対応を実施することが可能となり,地域連携システムにおける中核的な見守りシステムになりうる.さらに,より多くのモニタとの連携によるデータ集積からAIを活用したイベント発生前の異常の察知が可能なシステム構築を目指している.
複雑化,専門化が進む医療の現場における改善,改革には,多職種,企業,加えて研究者との横断的な取り組みが必要となってきた.それは新たな視点,取り組みの必要性が増してきたことが理由として考えられる.今後モニタリングシステムを装着しない患者に対して当事例の展開を進めようとした場合,安価で取り扱いやすいシステムが必要になるはずである.企業,研究者抜きに医療従事者だけでは実現がむずかしいであろう.企業は真に求められる現場課題の解決に向け取り組み,研究者は現場での活用を主眼とし,協働して新たな仕組みを構築することが求められているといえる.
まとめ
最終的にアウトカムを求める対象である患者を中心としたチームとしての医療提供体制促進の必要性は言うに及ばない.今回の事例にみてきたように看護業務上活用される情報以外の他部門活用情報との統合解釈により業務改善や安全管理の強化に結びつく可能性は高まる.しかしながらこうした横断的情報整理,解釈は簡単ではない.求めるアウトカムの定義,すなわち目的変数を定め,院内情報システム内において複数部門システムに散在している情報を説明変数として用い,最適化に向けた解釈を進めていくべきであるが,多くの医療施設ではデータ解釈を進める専門部署,担当者が存在しない場合が多い.その意味では,看護理工学会のような医療の外からデータ解釈ほかにアプローチすることが可能な専門組織,専門人材との接点は非常に有効だと考えられる.多くの医療施設において取り組まれている改善行為は施設内の閉じたものになりがちである.外部からの支援による施設内情報の組織横断的情報整理,解釈を進めていくことは,その結果に汎用性をもたせ多くの施設で活用可能なモデルとなる可能性が高い.看護理工学会の取り組みを広く医療施設に伝播し,マッチングを促す機会となることが今後益々重要だと考える.
文 献
1)真子文恵,東みどり子,山浦 健.周術期管理チームとその有効性.日手術医会誌40:79,2019.
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3)冨田晴樹.Monitor Alarm Control Team(MACT)の目指す患者安全~心電図モニターアラーム関連事故ゼロを目指した多職種チーム活動.看護部長通信18:16-22,2021.
4)富永あや子,冨田晴樹,石田岳史.チームで取り組む心電図モニタの安全管理-さいたま市民MACT活動の効果-.日プライマリケア連会誌38:383-385,2015.
5)冨田晴樹,富永あや子,石田岳史.アサーティブ・コミュニケーションを取り入れた生体情報モニタの安全管理.日臨生理会誌47:25-34,2017.
6)田原裕希恵,錦貫成期.離床センサーを使用している患者の苦痛-一般病床に勤務する看護師の自由記述についての計量テキスト解析-.看護理工8:38-46,2020.
7)菊地尚久.入院患者の転倒予防の取り組み.リハ医43:91-95,2006.
8)フロレンス・ナイチンゲール,湯槇ます,薄井坦子,小玉香津子,他 訳.看護覚え書 第7版.14-15,197,現代社,東京,2016.
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9章 看護ビッグデータ利活用例2~滞留(業務)場所・時間と看護管理~
9章 看護ビッグデータ利活用例2 ~滞留(業務)場所・時間と看護管理~
著者
山﨑 清一1
所属
- 株式会社ケアコム
要旨
事例1:看護師および看護補助者の患者に寄り添う看護の検証1.施設概要
地域の医療法人として急性期医療を担う300床(6病棟,ICU,SCU)の医療機関で,一般入院基本料7対1,二次救急指定病院である.
2.調査の目的
同院の看護部は寄り添う看護を目標に掲げ,患者1人に対する看護職の配置は手厚くなっている.在院日数が減少するなか,その配置によりベッドサイドケアの充実につながっているのか.一般的に医療の電子化が進むなか,看護師は電子カルテの操作時間が増加し,患者のそばにいる時間が減少していると言われている.そこで,看護師と看護補助者の業務実態を把握することを目的に調査を行った.
3.調査対象およびデータ
脳神経外科を主診療科とするA病棟(医療看護必要度:30.8%,平均在院日数:30.4日),外科・泌尿器科を主とするB病棟(医療看護必要度:30.5%,平均在院日数:12.6日)の2病棟で,1週間に勤務する看護師・看護補助者全員の病棟内移動の測位データ,および実施業務のタイムスタディデータを取得して集計・調査した.
看護師のタイムスタディ項目は,バイタル計測,清潔ケア,排泄ケア,移動ケア,看護処置,内服指導,食事ケア,診療補助,患者対応,記録,指導説明,環境整備,報告・連絡・相談の13項目とした.看護補助者のタイムスタディ項目は,予定した患者対応・指示された患者対応・自主的な患者対応・予定した患者環境整備・指示された患者環境整備・自主的な患者環境整備・その他の7項目とした.
4.結果
1)日勤看護師(1人1日平均)が患者に寄り添う場所で業務している時間と割合は,A病棟で4.2時間(56.8%),B病棟で3.61時間(53.8%)であった.看護補助者(1人1日平均)は,A病棟で3.98時間(64.9%),B病棟で2.33時間(46.2%)であった(表1).
2)看護師の直接看護業務はA病棟3.11時間,B病棟3.06時間で,間接看護業務はA病棟2.64時間,B病棟1.93時間であった(図1左).看護補助者の患者対応業務はA病棟3.93時間,B病棟1.73時間,その他の業務はA病棟1.77時間,B病棟1.72時間であった.また,看護補助者の患者対応業務のうち自主的な業務はA病棟0.16時間(4.0%),B病棟0.12時間(6.9%)であった(図1右).
3)看護師が病棟内で移動するときの拠点(移動の起終点)は,A病棟ではスタッフステーション(SS)拠点が18.4%,患者に寄り添う場所(病室,廊下,トイレ浴室)拠点が68.4%,B病棟ではそれぞれ12.6%,71.4%であった(表2).
5.まとめ
看護の業務実態把握としては,ほぼ満足できる結果を得られたと考える.今後は患者に寄り添う業務状態のさらなる向上に努め,そのことで得られるベッドサイドケアの充実度などアウトカムの具体化を探求していきたい.
事例2:看護補助者の固定チーム制による変化を看護師との業務動線比較で探る
1.施設概要
地域の公立病院として急性期医療を担う364床7病棟の医療機関で,一般入院基本料7対1,二次救急指定病院である.
2.調査の目的
A病棟では固定チームナーシングを導入し,看護補助者も補助者チームとして位置づけ活動を開始したところ動線や業務内容に変化が出てきたと感じられた.
そこで,固定チームナーシング導入病棟と非導入病棟(B病棟)の看護師と看護補助者の動線を計測することで,両病棟の看護補助者の動線の違いを明らかにし,看護補助者の固定チーム制の効果を検証する.
3.調査対象およびデータ
固定チームナーシング実施のA病棟は,呼吸器内科・泌尿器科を主診療科とした50床の病棟で,看護師30名,看護補助者4名である.非固定チームナーシング(モジュール型プライマリーナーシング)のB病棟は,血液内科・神経内科・小児科を主診療科とした50床の病棟で,看護師27名,看護補助者4名である.
両病棟で,9日間に勤務する看護師・看護補助者の病棟内移動の測位データを取得して集計・分析した.分析対象は日勤帯のみとし,看護師のべ161人(A平日56人,休日20人;B平日65人,休日20人)と看護補助者のべ39人(A平日14人,休日4人;B平日18人,休日3人)とした.平日・休日ごとに測定時間・停止時間・移動時間・圏外時間を,さらに場所別の訪室回数・停止時間・移動時間を算出した.移動に関しては,勤務中の総移動距離と平均移動距離・平均移動速度を算出した.また,移動動線を可視化する試みとして,トレースマップ法と振動グラフ法による動線描画を行った.トレースマップ法による描画では,移動経路と訪室病室の頻度の差を読み取ることができた(図2上).振動グラフ法では,移動の際にはどれだけ複数場所を一度に回っているかなど,移動の効率をみることができた(図2下).
さらに,看護補助者の訪室経路など場所遷移を検討するために,測位データのある場所から場所への移動回数をもとに遷移行列を作成し構造モデル分析を行った.本研究では問題となる場所遷移を構成する要素間の関連の有無だけでなく,要素間の関連の強弱をも表現可能なDEMATEL法(Decision Making Trial and Evaluation Laboratory)を用いることにした.
4.結果
1)移動距離・移動速度
表3に結果を示す.平日日勤の看護補助者では,総移動距離(A:6.5km,B:5.5km)・平均移動距離(A:870m,B:663m)ともにA病棟が長く,逆に移動時間が短かったことから平均移動速度(A:3.2km/hr,B:2.4km/hr)も速くなっていた.
看護師では移動時間はB病棟が長かったものの,総移動距離(A:8.2km,B:5.5km)・平均移動距離(A:927m,B:641m)はともにA病棟が長く,平均移動速度(A:4.0km/hr,B:3.2km/hr)もA病棟が速くなっていた.平均移動速度を職種間で比較すると,A病棟の看護師が最も速く,ついでB病棟の看護師,A病棟の看護補助者,B病棟の看護補助者の順となっており,A病棟の看護補助者はB病棟の看護師と移動速度がほぼ同じであった.休日日勤も同様の傾向がみられたが,サンプル数が少なく看護補助者では有意差がなかった.
2)病室への移動(訪室)回数と場所別停止(業務)時間
表4に結果を示す.平日日勤における,看護補助者の病室訪室回数はB病棟(中央値:79.0回)よりもA病棟(164.5回)が多かった.病室での業務時間もB病棟(中央値:87.5分)と比較してA病棟(147.5分)が長く,SS(A:78.5分,B:57.0分)も同様に長かった.一方,廊下での業務時間がB病棟(93.0分)はA病棟(44.5分)の約2倍と長くなっていた.
看護師はSSでは差がなかったものの,病室と廊下については看護補助者と同様の傾向がみられた.
3)看護師の移動動線
A病棟の日勤看護師1人の1日の移動(移動距離は9,099m,訪室回数は239回で,平均以上の移動)を描画した.
4)看護補助者および看護師の場所遷移
図3に平日日勤の看護補助者と看護師における訪室場所の遷移ダイアグラムを示した.縦軸はその場所がほかの場所に及ぼす影響の強さを,横軸はその場所がほかの場所から受ける影響の強さを示している.つまり,右上に位置するほどその場所が移動全体のなかで重要な位置を示していることを意味し,移動においての経由点,いわゆるHub的な役割を果たす場所となる.一方,左下になるほど独立しており,移動における重要性の低い場所となる.
A病棟では看護補助者,看護師ともに共通してSSを移動の重要拠点としており,処置室や作業コーナーとSS間の移動が多く,両職種で業務動線に類似性がみられた.一方,B病棟では看護補助者は処置室を移動の重要拠点としており,SSを重要拠点としている看護師とは異なる動き方をしていることが分かった.また,B病棟の看護補助者は処置室と前室(看護補助者の作業台がある)間の移動が多くなっており,看護師やA病棟の看護補助者と比較して,SSや病室の移動における重要度が低かった.
5.まとめ
看護師の業務は看護必要度など患者特性により影響を受けることが知られているが,看護補助者業務は患者への直接業務が少ないことから患者特性による影響を受けにくい.しかしながら,本研究では看護補助者でも看護師と同様にA病棟における病室訪室回数や滞在時間が多かった.この理由としては,A病棟の看護補助者業務の内容として,看護師との協働が多いことが考えられる.訪室場所の遷移の特徴を表した遷移ダイアグラムの結果からも,B病棟では看護補助者と看護師の移動の特徴が異なっていたのに対して,A病棟では看護補助者と看護師の動き方が類似していたことからも言える.B病棟の看護補助者では,廊下での滞在時間が長く処置室が移動の中心的場所となっており.廊下での看護師からの指示待ちや処置室内での業務が多いことが考えられる.
固定チームナーシング導入病棟の看護補助者は,病室滞在時間が長く,病室への移動回数が増え,看護師と類似した移動の仕方をし,協働がとりやすい動き方をしているなど,看護方式による影響の可能性も示された.また,患者の情報を知りえることで看護職員の一員であるという自覚の芽生えも推察される.
事例3:ナースコール対応の課題を明らかにする
1.施設概要
地域の社会医療法人として急性期医療を担う304床(6病棟,ICU,HCU)の医療機関で,一般入院基本料7対1,二次救急指定病院である.
2.調査の目的
A病棟では固定チームナーシングを実施しているが,ナースコール履歴データを集計・評価したところ,その対応に時間がかかっていると感じられた.そこで,勤務する看護師の動きとナースコール対応との実態を明らかにし,看護方式を含めた改善策を検討するための情報の可視化を行うこととした.
3.調査対象およびデータ
A病棟は消化器内科を中心とした54床の混合病棟で,平均在院日数7.64日,平均病棟稼働率96.84%である.6日間に勤務する看護師と看護補助者の測位データ,および期間中のナースコール履歴データを収集し,両データを時刻で突合し分析した.
4.結果
1)ナースコール
1日平均のナースコール回数は231.7回,1ナースコールの平均応答時間は17.1秒であった.一般的な平均からみると,ナースコール回数は多く,応答時間は長い結果であった(表5).時間帯別には,朝・午後・夕食後に多い傾向があった(図4).場所・ベッド別には,特定のベッドからの呼出が多いことが分かる(図5).
2)測位データ
表6に結果を示す.測位データは9秒以上同一場所に検知された場合に「停止」とみなした.日勤看護師は,27.6%の時間を病室で業務し,SS(20.1%)業務より長いことが分かる.夜勤では,患者ニーズも低いこともあり,病室26.2%,SS30.0%で逆の傾向がみられた.
看護師の病棟外時間は,日勤・夜勤ともに2時間近い結果となっており,薬剤部など院内他部門への業務移動が推測される.
3)ナースコールデータと測位データの突合
ナースコール呼出があってから,看護師が当該病室に駆け付けるまでの時間(ナースコール往訪時間)区分ごとに,時間帯別・看護師別・ベッド別のナースコール回数を示した.総平均は,3.6分であった(図6). 対応しなければならないナースコール呼出が多いほど,駆け付ける時間が長くなる割合が増加している.
5.まとめ
ナースコール応答時間については,ほかの医療機関の事例から一般的には10秒前後と言われているが,結果は17.1秒であった.
ナースコール往訪時間は平均3.6分の結果であったが,これについてはほかに事例がない.しかし,退院時などに行われる患者の満足度調査(PS:Patient SatisfactionあるいはPX:Patient Experience)の設問のなかに,看護師のケア対応について「あなたがナースコールを押してから実際に職員が来るまでどのくらい待ちましたか? ①2分以内・②2分~5分・③5分以上」という設問があり,ナースコール往訪時間は患者の満足度を構成する1つの要素となっている.このことから,2分が1つの基準となっていることがうかがえる. 以上の結果から,ナースコール応答時間およびナースコール往訪時間を短縮すべき課題があることが明らかになった.今後は,看護方式なども含めて検討を行い,改善策を実施していく予定である.
10章 看護ビッグデータの利活用例3~カルテなどの医療ビッグデータとナースコールの統合~
10章 看護ビッグデータの利活用例3 ~カルテなどの医療ビッグデータとナースコールの統合~
著者
教授 野口 博史1 教授 森 武俊2
所属
- 大阪公立大学
- 東京大学